ぼくは小さい頃から、自分の書く「字」に自信がない。 自分自身で嫌気がさして、中学の時は定規をあてたような角ばった字を書いていた。 高校では「英語みたいな日本語(文字)」を書く女の子と何故だかしょっちゅう席が隣になり、その子の字をコピーした。 かっこいい字だと思ったからね。
大学にはいると、いわゆる「ゲバ字」の洗礼を受け、まともに染まってしまった。だが次第に高校時代の字に戻った。
その頃の学友の台詞 「お前、詩を書くのと同じ指で、同じ字で、仕事の文章が書けるか? オレには耐え難い苦痛だ」 その言葉は今でも覚えている。彼は肢体不自由児学園の先生になった。 それからぼくは仕事を始め、彼の言葉を無視するように書類や企画書を書いていた。
彼の台詞に呪われたわけじゃないけれど、ぼくはかろうじて詩を書くぐらいで、だんだん「書けなく」なっていった。高校時代の「字」はかろうじて面影があるぐらい。
そんな時にパソコンとネットに出会う。 ぼくは爆発するように書き始めた。最初はネットで、やがてノートに鉛筆で。もう誰の「マネ字」でもない自分の「新しい字」で書いていた。 その頃はネットに溢れる「書く」刺激と、ぼくの中で外に出たがっていたものとのタイミングピタリとあったんだと思う。
と、そのような遍歴を経て今の「字」があり、文章がある。 何故こんなことを書いているかというと、今回の「音函」のあて名を 全部自分で書いているからなのだ。字は全然うまくなっていない。 これまでの経験が全てのっかっている字ではあるけれど。
注文していただいた方、ひとりひとりに…ありがとうございます…と念じて 書いている。ふぅー、だけどほんとに下手だ。いや、うまくない。
そして今回は支払いを本の値段と銀行の振り込み料のバランスがとれず 郵便の定額小為替でお願いしている。 それがぼくのところに届き始めた。 読んでくださっている人たちの「字」と対面する日々である。 みんなさん丁寧に書いてくださっている。 読んでるだけでその人と握手しているような気になる。 やっぱり直筆はいい。尊い。
今日から書店で販売が始まった。 早速、一冊が売れたと連絡があり、店の方に聞いてみるとぼくに「光函」の次が読みたいです、といってくださったお婆さんだった。 彼女のその一言が「音函」をつくる原動力になった。 ご高齢だからぼんやりしてられなかった。なにもそんなに、といわれるぐらい急いでつくった。
顔の見える人たちに本がわたっていく。 もっといいものを。 そのための力を。 心からそう思う。
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