日曜の新聞は書評を読むのが楽しみだ。
好きな詩人の蜂飼耳さんが大道珠貴さんのを書いていて、この「素敵」という作品集を読みたくなった。
また、新刊が出たら立ち読みで目次を見るだけでもいいから、とにかく手に取ってみたいのが大脳生理学の本。 何度も「目からウロコ」になったことがあるし、いつまでも興味が消えない。 ということは、やはり自分の脳みそがいったいどうなっているのか知りたいということであって、 それはとりもなおさず、いかに「脳」に引っ張り回されて、手こずり、疲れ、あきれているか、ということでもあると思う。
そんな大脳生理学の本がまたでた。「またしても」よく売れているという。 目次を見ただけで買おうと決めた。 「進化しすぎた脳」という本です。
そして蜂飼さんの下にはスティングの自伝の書評が。 最近、アメブロでとても身近に感じるようになった山川健一さんが書いてる。これもいいなあ。
で、読書欄から繰っていくと経済面が現れ、なんとそこにはブログを運営している「ドリコム」が、社長の写真入りで大々的に掲載されていた。 おお、たいしたもんだなあ、と記事を読むと社長はまだ京大に在籍しているんだね。
社員の平均年齢もひょつとしたら20歳代じゃないかな。 かつて、といっても大昔だけれど東大や京大の学生新聞から会社が起ちあがっていった時代を思いだしてしまった。
工学系のテクノクラートからの発想なんだなあ。システム作りがまず企業として成立し、コンテンツが後を追っていくという形。
システムとコンテンツの関係は、心と体の関係に似ているような気もする。 文化系だとコンテンツがシステムを生むと考えそうだけれど、実社会では逆だよね。 システムがコンテンツを誘導するんだという考え方が支配的なんじゃないかな。
実に周縁的な考え方が支配的なんだ。(まんなかはからっぽ、ってやつ) それは間違ってはいないとは思うけれど、脳と身体に置き換えて考えると、どちらかが行きすぎると、どちらかが反乱するというのが「決まり」のようにある。
だからバランスが必要。本当に大事なもの、生き生きとしているものは常に逸脱しようとするように思えるから。 ネットのシステムに収まりきらないコンテンツは常にオーバーフローし続けているし。
ブログというのは日本ではシステムから入っていったと思う。 コンテンツが追いつくかどうか。ブロガーはものすごい勢いで増えているけれど。
さて、「原稿用紙に書くこと」がいよいよ本格的になってきました。 創作のメインは今月中、ずっと原稿用紙になります。 身体をきちんとして集中しなくては。
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