大江健三郎さんの「静かな生活」読了。 特に短編「自動人形の悪夢」のなかに強く惹かれる言葉がありました。 それは「なんでもない人」という言葉。 実際に本にあたっていただいたほうがニュアンスは伝わると思うけれど、あらゆる「特権意識」から自由であることのだいじさ、とぼくはは感じています。
これは、「わたしだけ」が、「自分だけ」が「あなたたちとは違う特権を持つ」という意識を明確に否定する意志です。 時として世の中に感じる「スピリチュアル・プライド」のようなものを明確に否定する感覚でもあります。 ぼくがこの意識に共感するのは、その行き着く先としての「オウム事件」を「僕たちの社会」は経験しているからかもしれません。
「自分が特別だ」というのと「自分を大切にする」ということは全く違います。 何を大切にするのか、というのは「思想」です。 個的な思想。価値判断と人生の選択。 そこで何を選んで暮らしていくのか、日々刻々とぼくは問いかけられ続けているのだ、と。
大江さんの困難な作業。(何故困難かというと、自らを乗り越えるための小説を書き継いでいかれるから。) その作業を読み取っていくことは、自分の人生の幅の獲得として、得難いものがあります。
結局、この連作短編集が伝えてくることをぼくなりに一言に約めれば 「なんでもない人」のすばらしさ。になります。 「なんでもない人」への意志にこそ見えてくる、世界の豊かさ、人の豊かさです。
大江さん自身の読者への語りかけが、付録されていますが、小説を巡る考え方として、この本が出されてすでに14年が経過した今でも生き生きと響いてくるものがあります。
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