| 2004年09月27日(月) |
ジャンについて思ったこと |
ジャンが亡くなってから、一度、ジャンのものを全部整理しました。 捨てるものは捨て、片付けるものは片付け。そうしているとものすごく広いスペースが現れ、何もしなくていい時間がぽかりとできました。 ジャンがいかに大きな存在だったか、ということを思い知った次第です。
さて、それからホームページも改めようとしたのですが、いじる段になって、ちょっと待てよ、と思ったのです。 このまま、記憶の全てに蓋をしてしまっていいものか、どうか。 なんだか、いつまでも悲しみだけが残っていくような気がしたのです。それになんだかジャンに相応しくないような気もして。
で、生前の写真をトップページの真ん中において、消すのではなくこれからも外へ出していく方針を選びました。(この写真を選んだのは文庫本主義者です) 人間の記憶なんて、どんどん色あせていくもの。それよりもいつまでも鮮明にジャンのことを覚える方を選んだと思っています。 犬と暮らすのも、たぶんハナが、ぼくの人生では最後になるでしょう。ハナとジャンのことは死ぬまで忘れずにいたいのです。
今、どんなに強烈な想いがあっても、人間のアタマというのは忘れていくように出来ています。また忘れていかなければ生きていけないというのも事実なのでしょう。 だけど犬たちのことは忘れたくありません。
それで、さらに、ぼくの気に入った写真を小さくしてトレードマークをつくりました。上の画像です。ホームページ上にもあります。ブログにもつける予定です。 これでいつでも自分のサイトを開くたびにジャンに会えるというしかけでもあります。今は見るたびにひりひりしますけれど…。
ところで独りでジャンと斎場にいき、ずっと独りで延々と待っていました。 その時の感情を忘れてはいけない、という気持ちになり、鞄にいつも持っているノートに書きつけようとしたんですが、三行ぐらいしか書けませんでした。 ただただ泣けてしまって。
だけどその三行と向かい合って、詩を書きました。他の方が読んで思われることは別として、ぼくの生涯で一番、烈しい詩を書きました。 自分で読み返すたびに、胃袋が焦げるような気持ちになります。
詩としてどうなのかも、わかりません。だけど、これ以上のものはぼくには書けない気がしています。来月の末か再来月にはどこかにアップします。 詩というものがどういうものなのか、また少しでもわかることができれば、と思っています。
「書くこと」 それでしかぼくはジャンの死に応えることができないと、ずっと思っています。
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