(これが「てのひら小説」の全貌。詳しくはHOMEからblog NEROLIへ)
オリンピックアテネ大会も盛りあがっていますけれど、ギリシャには20世紀のヨーロッパを代表する詩人がいたことを池澤夏樹さんの文章で知りました。
名前をカヴァフィスといいます。 彼の詩はヨーロッパでは現代の文学的教養として重要なものだとか。 みすず書房から全詩集がでています。すこしばかり高価なのと、これと違う池澤さんの訳による詩集も来年には出るとかで、どうしようか躊躇しているところ。
だけどパラパラと知ったフレーズなどでは、悩める人に孤独に徹して自分を見つめよ、というメッセージがあったりして、今すぐ手に入れたい衝動に駆られています。 困ったな…。どうしようかな…。
「人」を思い、考える「詩」。あるいは「関係」を。 どんなに風景や神話や古代に素材を求めても、「人」が入ってくるかどうか。 そして日本での「詩」のありようはどうなのか。そして自分は…。 考えることばかりです。
今日、婦人公論9月7日号が発売され、詩のフォーラムで「朝の手」という作品が佳作になりました。だけどここ一ヶ月、二つから三つの書きかけの詩を前に悪戦苦闘中です。 うーん、なんだろう「芯」をきちんとさせたいというか…。風景から書き起こしているのだけれど人に行き当らない、というかまだ彫りきれない、という段階です。
そんなかで佳作、という知らせ。半分諦めていたので、嬉しかったです。 モチーフは引き続き言葉でつくる「版画」として書いたものです。 今、原稿用紙をひっくり返して読みなおしてみると、「人」がでていました。
やっぱりこれでいいんだ、と。思いなおしているところです。
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