広島に原爆の落ちた日は父の誕生日である。 父はその日、東京にいた。叔父は特攻隊の出撃を待っていた。 祖父は大陸にいた。 そして、東京は大空襲により焼け野原と化していた。
家が無事であろうとなかろうと、全ての国民が飢えと恐怖のなかにいた。 ほんの60年前の事。 父の誕生日を祝うこともできなかっただろう。
そうして戦争が終わった
やがて父は働き出し、何年かのち転勤をする。 そこは広島だった。 一年後、ぼくはこの世に生まれた。
今日、戦争からの生還者が語っていた。みな歳をとった、と。 戦争がどんなに悲惨なものなのか、語れる人が次々と亡くなっていく。
人の愚かさは人によってしか超えられない。 一人、一人が 一人、一人で 一人、一人のために。 そう思う。
|