散歩主義

2004年08月06日(金) 八月の暑い日

広島に原爆の落ちた日は父の誕生日である。
父はその日、東京にいた。叔父は特攻隊の出撃を待っていた。
祖父は大陸にいた。
そして、東京は大空襲により焼け野原と化していた。

家が無事であろうとなかろうと、全ての国民が飢えと恐怖のなかにいた。
ほんの60年前の事。
父の誕生日を祝うこともできなかっただろう。

そうして戦争が終わった

やがて父は働き出し、何年かのち転勤をする。
そこは広島だった。
一年後、ぼくはこの世に生まれた。

今日、戦争からの生還者が語っていた。みな歳をとった、と。
戦争がどんなに悲惨なものなのか、語れる人が次々と亡くなっていく。

人の愚かさは人によってしか超えられない。
一人、一人が  一人、一人で 一人、一人のために。
そう思う。


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