今聞いているのは、キース・ジャレット・スタンダード・トリオの「StillLive」。どのCDも水準以上の人だから、どうこうはあまり書けないんですが、ゲイリー・ピーコック、ジャック・ディジョネットととのコンビネーションはとんでもなく高いレベルまで達しています。
曲中、自在のインタープレイに入ると、ソロ思わせる鋭さがきらりと光ったりもします。たぶんこのあと、ソロを聞きます。 バッハのゴルドベルグもキースは録音していて、(たしか八ヶ岳山麓だったと思います。)それもそのうち聴くでしょう。
キース・ジャレットのソロ作品はライブがほとんどで、どの作品も素晴らしいんですが、ブレーメン、ケルン、京都のそれぞれのライブが特に好きですね。 (京都ライブは「サンベアコンサート」に収録されています。) スタジオでのソロも「フェイシング・ユー」と病気前にもう一枚あって、それと復活後の「Melody at night,with you」があります。 (実はその「もう一枚」がとても良いんです)
ここのところのキース・ジャレットへの傾倒は、やはり精神が求めてたんだと思います。ああ、そういえばという感覚で、すーっとかけていました。 これだけ目の前にありながら、ちょっと聴くのがおろそかになってましたね。 「おろそか」というか、音楽にも聴ける時と聴けない時があって、聴けないときはどんなに無理に聴いても何にもならないんですよね。音楽に失礼なぐらい。
最近、キースを聴ける精神状態になっていた、というのが自分なりの分析です。 あの、はっきり言ってそうでない人が聴いたら、ぐったりしてしまうと思いますよ。特にスカラ座のソロとかは。(それがまた絶品!!なんですが)
「花のように生きよう」と決意したキースが慢性疲労症候群になったのも無理はないな、という気がします。もうぎりぎりのところを全速でかけていましたからね。命がよくもったなぁ、と正直思いましたから。 彼が全速で駆け出したのは、やはりマイルス・ディヴィスのバンドに参加したということが最大のポイントになるでしょう。 あのころから見えていた、生命力を振り絞りきるような姿勢。せめてその姿勢だけでも見習いたいものだとつくづく思います。
そういう状態で少しづつでも作品を書いています。コンセントレーション、ですね。自分でもどうなるのかわからない展開にどれだけ入っていけるか。じっと啓くのを待って、そのようにして書いています。
詩については疑問が多くて…少し離れています。 散文に磨きをかけます。
画像は今年とれた、シシトウです。晩にいただきました。
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