散歩主義

2004年05月31日(月) 紫陽花の頃



■近畿地方の梅雨入りは来週まで持ち越しだそうです。その代りというのも変ですが、凄い雨が降りました。
それに合わせたように町内の紫陽花も一斉に咲き出しました。

紫陽花は、他の花が昂揚感をもたらすのと違って、沈静、あるいは覚醒に近い感覚を覚えます。この感覚は緑の葉に対して感じることが多いのですが。
訳はともかく、ぼくはその感覚が好きです。そして、これほど雨に似合いの花もないと思います。

紫陽花の葉の緑も、雨に濡れると発光したかのような鮮やかさがあって、ほうっておくといつまでも眺めています。

■夜に入ってバッハのカンタータを聴いています。バッハはミサ曲B#をラ・プティット・バンドで捜しています。次に聴きこむのはこれになりそうです。
もしくはクイケン・アンサンブルの「音楽の捧げもの」ですね。

クラシックはバッハを主に聴き続けていますが、ほかの人たちのももちろん聴きます。そちらでの課題はモーツァルトの40番、41番は誰のもので聴くか、ですね。そのまえにバッハですけれど。

■もっとクリアな状態でいたいので、瞑想の技術をさらに習得中。我流です。我流なんだけヒントがシンクロしてやってくるという、ありがたい現象も起きています。縁があれば妙心寺なんかに参禅したいものですが、宗教色よりもアスリート色の強い瞑想。まぁ「バガボンド」とか、格闘技の選手やミュージシャンに近いかも。ミュージシャンでも多いですよ、瞑想される方。かつてはビートルズのジョンやジョージが有名でしたが、最近はとても多いんじゃないかな。広言しているのはマドンナとかかな。この人は瞑想をやりだしてから音楽が変わりましたね。

文芸関係ではどうでしょう。執筆活動そのものが禅や瞑想の要素を孕んではいますけれど。かつての夏目漱石などのような顕著な例はないでしょうか。

玄侑宗久さんのような、現職の禅宗のご住職の作家の方もおられますが、普通の生活の中に瞑想をとり入れていそうな人はいますね。ばななさんとか…あるいは村上春樹氏であれば走ることが瞑想のようだし、実を言うとぼくにはサーフィンこそ瞑想だと思うところもあって、どうも肉体をいじる傾向が強いです。

酒も呑まない、旅もしない。ほとんど出かけない。
というのもすでに全部やり尽くしているからかな、と思う時もあります。
どこにもいかなくても宇宙につながることはできます。
植物がお手本を見せてくれていますからね。


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にしはら ただし [MAIL] [HOMEPAGE]