散歩主義

2004年05月25日(火) N‘s jazz house  vol.4

今日紹介するのは「シエスタ」マイルス・ディヴィス&マーカス・ミラー(ワーナー)です。






 約40分の音の万華鏡。スパニッシュ・モードの音宇宙。
映画「シエスタ」のサウンド・トラックであるけれど、そこから離れてマイルス・ディヴィスの響き渡るトランペットに耳を澄ましているだけで、たち現れてくる「風景」があります。

 マイルスが病から何度めかの「奇跡」と呼ばれる復活を果たしたのが1981年。そしてこの作品が87年。亡くなったのが91年…。いかにマイルスが前だけを向いて疾走していたかが、今となって痛感できる1枚でもあります。
 マイルスと「スペイン」の関係はアレンジャー、ギル・エヴァンスと組んでの作品群の中で何度も取り上げられました。とりわけ「スケッチ・オブ・スペイン」における、アランフェスの隙のないアレンジと演奏はマイルスのある一面を代表する作品になっています。このアルバムにはそのギル・エヴァンスに捧げる、という一文も銘記され、80年代のマイルスを支えたアレンジャー、コンポーザーにしてベーシストのマーカス・ミラーが、ギルとはまた別の、あじわいぶかいオリジナル曲とアレンジに腕を振るいました。彼の曲がずらりと並んでいます。

 「湧き水の透明感の持つ緊迫感」をイメージしていただけますか。
 あるいは「やわらかな透徹さ」。「静かで深い自由」。「声を失う官能」なども。
影の濃さが光の強さを語る音です。
 マイルスはもちろんジャズのトランペットの第一人者ですが、このアルバムをジャズのイディオムで語ることには無理があるかもしれません。いや、もしジャズが「自由」の表現の謂いだとしたら、ジャズそのものともいえますが…。

 延々と続く、スパニッシュで透明な音は、哀愁に満ちたモードを語りつづけ、その裏にある官能を瞬間、煌かせては消えていきます。バスクラリネットとトランペットの絡み合いの絶妙さと、シンセサイザーの実に効果的な暗示があります。どの高さから地上を見ているか、あるいは街角のれほどに暗い影に潜んでいるか、そのような暗示。そして2曲に織り交ぜられたスパニッシュ・ギターの内省的な音の透明な寂寥感。

 映画もさほど注目されなかったといいます。そしてマイルスのこの音楽もほとんど注目されていませんでした。しかし、今、聴いても色褪せていないどころか、輝きを増しているような気すらします。
 パーソネルはトランペットのマイルス・ディヴィス。その他のインストゥルメンツはすべてマーカス・ミラー。二曲だけのギターは、一方がジョン・スコフィールド、もう一方がアール・クルーです。マイルスと絶妙に絡むバスクラリネットをジェイムス・ウォーカーがになっています。

「シエスタ」とは「午睡」という意味ですが、なんとも官能と神秘の夢に満ちたシエスタであることか。美しさに浸りきってはいかがでしょうか。



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