ぼくが本格的に詩作に戻るというか、ひょっとしたら初めて詩のことをまともにかんがえだしたのは、1994年のころからです。
それまでも詩は書いていました。それはホームページにアップしてあるとおりです。だけど、なにかが今とは違うんですよね。それまでは自然発生的に書いていたのです。だから、考え抜くという作業が半端だったのかもしれません。今だって途上という意識ではありますけれど。
何が一番違うのかつくづく考えて見ると詩に今ほど「一途」ではなかったんじゃないかと思うのです。 昔はとにかく音楽だったんです。何をおいてもまず音楽。今は書くことです。そして読むこと。書く事を常に意識しています。それが大きく違う点です。
ここ2、3日のあいだにまた詩を書くことについて、さまざまな情報がシンクロしてきて少し戦慄を覚えるほどです。
いろいろとあるなかで、金子光晴のことを書いておきます。 ずっと以前から彼の詩は読んできました。だけどひょっとしたら読み方も半端だったのではと思い、本棚から彼の詩集を引っ張り出してきました。 そうしようと思ったのは今読んでいる江國香織さんが、エッセイで彼の詩のことについて書かれていたんですね。 それがぼくの好きな詩集と一致したものだから。「若葉のうた」という詩集です。(『若葉』とは金子さんのお孫さんの名前です) それで再読してみました。
やはり昔とは受ける感覚が違います。言葉の一つ一つから受ける「モノ」が違います。なんだろう、もっと深く詩のなかに分け入って耳を澄ましている、或いは眼を凝らしていることができる。そして聞こえ、見える、そんな感覚です。 ぼくの一番好きな詩を書き出しておきましょう。
花びら
空宙にちりおちる花びらよ。この手のひらにとまれ。 とまったその花びらは、ながめてゐるまにまたどこかへ 風にはこばれて飛ぶ。
愛情はうつろふもの。いのちもたまゆら。また、いかなる所有も、 身辺に堰かれて しばらく止まるだけで、時がくるのを待って、淙々と水音をたてて走り去る。
『若葉』よ。その新しい血にも、出発があり、どこかしらないがゆく先がある。 父も 母も 祖父母も不安げに見送るが、そのゆく先はわからない。 たとひ 幼女の頭脳が、むづかしい代数問題を解かうとしてゐるにしても、 ちりぎわの変化の法則はさがしあてられそうもない。
花よ。できるだけ大胆に、かおりたかく咲け。そして、聡明であれ。 だが それよりももっと嫋やかであれ。
思えば「たまゆら」ということばも金子さんの詩で学んだことだし、 「嫋やかであれ(たおやかであれ)」という願いの意を思ったのもこの詩でした。 女へんに「弱」いと書いて、「たおやか」。源氏物語にも出てきますが、柔らかで、しなやかであれという願い。 「弱い女」という字を使いながら、その内実の自由さと「強さ」を金子さんは知っていたのでしょう。 「たおやかなもの」は強いです。何故強いかというと、命を肯定する側にいるからです。 みかけではありません。
今や、彼が最晩年、マスコミからあまりあり難くない称号をさずけられたことなぞ、霧散しているのではないでしょうかね。そもそも知っている人も少なくなってきているし。 権力への、あるいは権力志向への徹底的な反骨というものは、じつに女性をつうじてのみ表現されたように思えるところがあります。 そして彼の命の中から生まれた詩だけが残っている。残りつづけている。 再読してそんな思いがしたのでした。 金子光晴の詩をいい時に読んだと思っています。
ところで江國さんの金子評は
『金子光晴という人は、潔い人だな』でした。
最初の方で「詩に一途」と書きましたが、それは「イノチに一途」ということだと最近、考えています。
参考・「金子光晴」 ちくま日本文学全集009 筑摩書房 (これは文庫サイズの日本文学全集。寝る前に、旅の御供によろしいですよ) ・「泣かない子供」 江國香織 角川文庫
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