今日から原稿用紙に書いた「魚子薔薇」という20枚ぐらいの作品をブログの方に分けて掲載し始めました。 以前ここに書いたように、今、まず原稿用紙に書きます。で、推敲してPCに打ち出すんですが、とたんに書き足す所が見えてくるんですよね。 なんだろうな。 客観的に見ることができるからかもしれないし、レイアウトが綺麗だからアタマも整理しなおされるのかもしれない。 だから枚数は増えると思います。
そんなふうに書き「足さされて」いると、物語が「いきもの」におもえてきます。なんというか枠のなかに収まりきらず、自由に動き回る。 そもそも最初書き出した思惑からどんどんはずれていった小説なのに、まだまだ動こうとしています。
今回はなるべく書いていて、「いきもの」が動き出したらそれを、できる限り忠実に反映していこうと思っています。 譜面が原稿用紙でインプロヴィゼイションがPCのような気分です。 最後のシーンまで書いていますけれど、いろいろと盛りこんだり膨らます部分が増えそうです。
そういうものにぼくはものすごく期待しています。どういう作品になるのか…ぼくの作品と言うより、テクストを最初に読む人間のような感覚ですね。 いつでもこういう感覚になること。実はそれも達成目標の一つです。
「いきもの」といえば 今日聞いたマイルスの「マイファニィバレンタイン・インコンサート」。このマイルスのペットは凄いです。まさに「いきもの」。音のはずし方、ノイズの入れ方まで計算しているのではと言いたくなるぐらい、生々しい感触を与えてくれます。
音が違うとか、音に関してのエクスキューズの遥か上をマイルスはいっていたわけで、亡くなってもう何年も経つんだけれど、偉大さ、力の大きさは死後になお、再発見、再認識されつづけていますね。 実は自身のスタイルにおいてスポンティニアスということに徹底的にこだわり続けた人なのだと思うのです。
「バース・オブ・クール」や一連のギル・エバンスとのコラボレーションのように譜面にぴちっと会わせた演奏も、そのまったく逆のフリーフォームに近い演奏も作品に「生命力」があるかどうかというとに、こだわり続けた結果だと思うんですよね。
マイルスの晩年の作品についての言及は、メディアでも圧倒的に少ないけれど、例えば「AURA」という作品などは、名作だとぼくは思っています。 曲のタイトルが全てAURA、つまりオーラの色なんです。 「いきもの」「生命力」のもっとも美しい形を作るためにどこまでもアイデアを提出し続けたといってもいいでしょうね。 最晩年の『ドゥー・バップ』なぞ、ラップのアルバムとして記念碑的であるとさえいえるのでは。
ということで「魚子薔薇」。全部で5回ぐらいでわけて載せていきます。
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