作品市場に次の作品をアップしようと、ただいま制作中です。 1日中、パソコンや原稿用紙に向かっているわけにはいかないので、書ける時には集中しています。と、いうか集中できるようになってきました。
今朝、テレビを見ていて、漫画家の加藤芳郎さんの話題が心に残りました。 毎日新聞の連載4コマ漫画「まっぴら君」の連載をこのたび降りられたのですけれど、なんと47年間!!の連載だったのですね。
日々のニュースに即応するために、新聞の隅から隅まで目を通し、そこから「笑い」をひねり出す作業を47年間続けてこられたのです。 それだけでも偉業ですが、その「笑い」の質にも定評があったのではないでしょうか。
そんな加藤さんが、アイデアをひねり出すのに連日悩みながらも「すとーんとできるものは忘れちゃうんだよね。いいものは忘れる。だけどできの悪いのは覚えてる。いつまでもじくじく残るんだよ」と。また、日々の締めきりが最初は苦痛だったけれど、それを楽しむようになったとも。「与えられた時間いっぱいでどこまで出きるか、それが面白くなったんだ」とおっしゃっていました。
もちろん、加藤さんのぎりぎりまで自分を追いこむことに、創作の心構えを教えてもらいました。そこまでの感覚、ぼくはまだ完全にはわかっていないだろうし。
ただ「忘れてしまう」というのはあるのかもしれないなと思ったのです。すらすらと書けたものは、たいていよい評価を受けたものなんですが、それはなんの障害も残さず発表したと同時に「忘れて」います。「忘れる」というのは変な言い方かな。自分が書いた気がしない、というか。
だめなものは、いつまでも残ります。それは、たいてい「力づく」で書いたようなもの。強引に書いたもの。いいのができたためしがないです。
加藤さんのお話を聴き、自分のパターンも、やっぱり真実だぞ、と。 それで、一つ、けっこう長い詩をボツにしました。 「違う」んです。自分がでしゃばりすぎ。ぼくの「本領」ではないな、と。
自分の「本領」なんて考えたこともなかったけれど、一度死んだ気になって外から自分を見た時、人に何を提供できるか、「それだ」と思ったんですね。 自分が何を書きたいかはその次でもいいじゃないの、と思ったんです。人のことを考えれば自然と自分の道も見えるだろう、と。 ぼくという人間はたぶんそういう人間。 そんなもんだろう、と。
それでもやっぱり「鬼」は顔を出しますね。ひきつったもの。 そういう作品もアリ、なんだけど、ぼくの「本領」じゃないなと、それだけは最近思えるようになってきました。 と、いうことで書き直しです。 ふむふむ。
ではでは。
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