斜めうえ行く「オクノ総研 WEBLOG」
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2005年07月09日(土) |
またギターを買ってもうた・・・。 |
また買ってしまいました。 ギターを。 2週間前にアコギを買ったばっかりなのに・・・。
ギブソン・レスポールのカスタム。 ギブソン・カスタムショップ製のブラック・ビューティーと呼ばれる、名前の通りブラックのレスポール・カスタム。 「漢のギター」である。
僕は、以前からレスポール・カスタムのブラック・ビューティーを物色していた。 ブラックビューティーには二種類ある。 1957年のリイシューモデルのヒストリックコレクションと1968年のカスタムショップ製。 両者のスペック上の大きな違いは、使われている木の種類。 小さなスペックも微妙に異なるのだけれど、音としての影響は、どのような素材を用いているかで決まる。 1957年モデルはオールマホガニー、1968年モデルはマホガニーボディーにメイプルトップ。 マホガニーは軽く密度の低い木である。 それに対してメイプルは重く密度の高い木だ。 音の特徴としては、一般的に言って、マホガニーは中域が強く、ドライな音がする。 メイプルは高域が強く出て、ウエットな音がする。 だけどそれは一般論だ。 実際に音を出して比較すべき問題である。
僕は1957年リイシューのヒストリックコレクションが欲しかった。 半常駐のクライアント先からノー残業デーだとか何だかで19時に追い出されたので、楽器屋に行くことにした。 僕は早い時間に帰宅することに慣れていないので、早い時間に仕事を終えると必ず寄り道をしてしまう。
楽器屋には目的の1957年リイシューのヒストリックコレクションと1968年のカスタムショップ製が並んでいた。 プライスタグは1957と1968は全く同じものがついていた。 定価は1957のほうが数万円高いはずだ。 ヒスコレのほうがお買い得感が高い。
店員さんにお願いして1957と1968の両方を弾き較べさせてもらうことにする。 アンプはマーシャルとフェンダーのどちらになさいますか?と尋ねられたので、迷わずマーシャル、と答える。 僕はフェンダーのギターは好きだが、アンプは嫌いだ。 JCM2000のコンボ(アンプスピーカー一体型)を用意してもらう。 僕の自宅のJCM2000はアンプとスピーカーが分かれている巨大なスタック。
1957と1968を交互に繋いで弾き較べ。 音は予想通り。 1957は中域ブーストで音が柔らかい。 1968は低高域ブーストで音が硬くて太い。
好みの問題もあるのだけれど、僕にとっては1968のほうがしっくりきた。 いわゆる漢の音なのである。 ゴリゴリとした硬質の音だ。 優しさよりも強さ。
ネックの感触も全く異なっていた。 1957は太くて厚い。 1968はレスポールにしては薄くて細い。 音も弾き心地も1968のほうが僕に合っている。 定価は1957のほうが高いのだけれど。
1968のほうを買う事にした。 楽器は価値は価格ではない。 あくまでも趣味だし、自分に合っているかどうかが問題だ。 そうはいいつつもギブソンのなかでもカスタムショップ製なので、通常モデルよりはずっと高い。
自宅に帰って既に保有している1959のレスポールスタンダードと弾き較べてみる。 1959と1968を並べてみるとゴージャス。 1959はトラ杢バリバリ。 1968はカスタムなのでゴールドパーツやら貝殻を多用したゴージャス仕様。 両者ともにオーラが出まくっているギターだ。 1959と1968は見た目は全く異なるものの、木の素材等の音に関わるスペックはほぼ同等である。 指板の素材が1959はローズ、1968はエボニーと異なるが、他のスペックは同じ。
マーシャルのJCM2000に繋ぐ。 音が全然違う・・・。 今回購入した1968は、エッジの効いた太くてロックな音。 1959は甘くて繊細な音。 レスポールのスタンダードとカスタムって音に関するスペックはほとんど変わらないのに、実際の出音は全く異なっていた。 1968カスタムは、いかにも漢なのである。
1968は、まだ僕のセッティングにはなっていないので、既存の1959と比較すると弾きづらかった。 弦を緩めて、セッティングを調整。 弦高やらピックアップの高さを調整する。 1968と1959の弾きごこちはほぼ同じになった。
これで自宅のギターは14本。 並べてみると壮観、というかそろそろアホの領域に差し掛かっている。 僕には収集癖はないのだけれど、他人から見ればどうみてもコレクターだ。
どうしてギターは増えるのだろう? ガキの頃、憧れてはいたものの高くてとても買えなかったギターを、今の僕はいくらでも買う事ができる。 値札を気にせずに気に入ったギターを買える。 値札を気にしないで気に入ったものを買うので、価格帯はバラバラである。 安くていいものもあるし、高くていいものもある。
ローンで買ったコピーモデルを一日2時間練習していた中学生時代。 エフェクターを買えずに自作していた高校生時代。 楽器のローンが月額13万円に達してしまい、バイトしまくっていた大学生時代。 その頃と比較して、ギターに対する思いが変わったのか、というと大きく変わっていないように思う。 僕の音楽や楽器に対する思いは基本的に変わっていない。 でも、価格に関係なく気に入ったギターを手に入れられるようになった、という事は変化だ。 買った値段はバラバラだけど、それぞれのギターのお気に入り度合いは変わらない。 高い楽器が欲しい、のではなく、気に入った楽器が欲しい、なのである。
僕がデジタルガジェットを買いまくるのは、仕事として必要があるからだ。 趣味性が全くない、とは言い切れないけれど、仕事を意識している。 僕が買いまくるデジタルガジェットのほとんどは、ビジネス用である。
それに対して、楽器は完全に趣味。 今更、バンドをやるつもりもないし、ライブをやる予定もない。 あくまでも自己完結。 ただ一人でギターを弾く。 誰かに聴かせよう、という思いすらない。 僕のギターに対する思いは純粋だ。 ただただ趣味だけのためにギターを弾きつづける。 バンドメンバーはPC。 ACIDで編集されたデータがバンドメンバー。 ひとりで自分のためだけにギターを弾く。 引きこもりギタリスト。
僕を知る人々のほとんどは僕がギターを弾いている姿を見たことがないだろう。 僕が学生時代にリリースしているレコードは、すべてコンピュータによって作られているので、僕のギタープレイは録音されていない。 僕がひたすらギターを弾き続けている姿を、音を聴いたことのある他者はほとんどいない。
それでも僕の楽器は増えていくし、僕はギターを弾きつづける。
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