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2004年06月17日(木) 【スクープ】総裁は実は倒れていた

皆様、大変ご無沙汰です。
更新がずっとなくてごめんなさい。

「【スクープ】総裁は実は倒れていた」の表題にある通り、超過密スケジュールで仕事を続けていた結果、僕はぶっ倒れてしまっていたのであった。

WEBLOGの更新頻度が少なくなった昨年の秋頃から、僕は本業で抱えているコンサルティングのプロジェクトに加えて、政府関係の委員や、フォーラムのワーキンググループのリーダー、社内の新プロジェクト立ち上げを兼任していた。
昼間の僕のスケジュールはどんどん過密になり、ほとんど分刻みで奔走していた。
昼間は、社外の人たちとずっと会ったり、会議でスケジュールはぎちぎちだったので、本業のコンサルティングの仕事をする時間は全く無い。
深夜しか本業のコンサルティング業務を行なえなくなり、必然的に平均睡眠時間は3時間程度になり、そんな生活を数ヶ月続けていた。

帰宅時間はだいたい午前3時ごろで、実際にベッドに入るは午前4時半ごろ、という生活がずっと続いていた。
コンサルタントは深夜まで、ディスカッションを繰り返したり、モノゴトを考えるのが仕事なので、たとえ午前3時に帰宅しても、アタマが興奮して全く眠くない。
仕方がないので、帰宅してから毎晩大量のお酒を一気に倒れるくらいまで飲んで、無理やり寝ることが習慣化していた。
ビールはビールで飲むのだけれど、ビール程度のアルコール度数ではそう簡単には酔っ払わない。
アルコール度数の高いウィスキーや焼酎を飲んでいたのだけれど、720mlボトルなどだと、3日も持たず、買いに行くのが面倒なので、ウィスキーも焼酎も2.7リットルのペットボトルに変えた。
そっちのほうが安いし。
2.7リットルのペットボトルでさえ、一週間も持たない。
それにも加えて、缶ビールはチェイサー代わりに平日でも毎日1.5リットルから2リットルを飲んでいた。

アタマが興奮したまま、深夜に帰宅するので、ぶっ倒れるくらい一気に酒を飲まないと眠れなかった。
アルコール度数の高い酒を一気に大量に飲めば、さすがにぶっ倒れる。
僕はぶっ倒れることを目的として、酒を飲みつづけた。
その結果として、そもそもの睡眠時間が3時間くらいしかないのに、睡眠の質もどんどん下がり、僕の体調はほぼ、限界。
それでも、僕は会社では平気なフリをして仕事をしていた。
更に、平日は過密スケジュールで雑務をこなす時間など、全くないので、週末も毎週仕事に出ていた。

コンサルタントの通常業務に加えて(コンサルタントの通常業務だけでも相当の激務)、普通のコンサルタントでは絶対に経験できないような政府の政策決定にまで口を出せるようになり、社内の新プロジェクトの立ち上げ、という仕事としては面白いものだったので、僕は死にそうになりながらも何とか仕事をこなしていた。

が。

そこにインフルエンザにかかってしまったのであった。
オフィス内でインフルエンザが流行っており、ある日同時多発テロ並に、僕のオフィスのフロアにいる人間がいっせいにインフルエンザにかかった。
まるで、誰かがサリンを撒いたかのように。
普段の僕は、ほとんど風邪もひかず、病気とも無縁なのだけれど、身体が弱っていたせいか、僕もインフルエンザに罹ってしまい、39度の熱がでた。

39度の熱が出た日は新プロジェクトが立ち上がった直後で、クライアントとの重要なミーティングの日だった。
僕はプロジェクトマネージャなので、ミーティングを欠席することができず、39度の熱と、止まらない咳を薬でごまかして、出席した。
少しでもしゃべると咳き込み、会話もままならない状態だった。
その後も僕は、熱は下がらず、咳で会話もロクにできない状態で以前と同じように睡眠時間3時間生活で仕事を続けた。

プロジェクトの途中からは、仕事中に心臓がバクバクしたり、指が震えてパソコンのキーボードを打てなくなったり、手のひらが汗でいっぱいになり、汗で滑ってトラックポイントが使えなくなり(普段の僕はマウスは使わずトラックポイントだけでパソコンを操作する)、マウスを使うようになっていた。

プロジェクト期間は約2ヶ月。
プロジェクトの途中から、僕は命の危険さえ感じるようになっていた。
さすがに心臓がバクバクしはじめると恐い。
まともに歩く事も困難になり、階段の上り下りは、手すりにつかまらないとできなくなった。
立ち話をする際もなにかにつかまっていなければ、立っていられない。
着替えをする際も靴や靴下を立ったまま履こうとするとバランスをくずすので、座った状態でした履けない。

周りからも心配され、人事にも僕の状態は伝わっていて、即、病院で診察を受けることを会社側から指示された。
しかたなく、僕は会社から紹介された病院に行った。
僕は病気をほとんどしたことがないので、病院には幼児の頃に親に連れられて行った小児科以外に行った事がなかった。
医者は即座に、3ヶ月会社を休むことを僕に命じた。
そして、酒で眠る事を禁じ飲む代わり、向精神薬扱いの超強力睡眠薬をはじめ(副作用で小人の大名行列が見えることで有名な薬)、大量の種類の薬を僕に処方した。

僕はプロジェクトの途中で抜けたくなかったので、薬を飲みつつ、かつ習慣化していた酒を止めることもできず、仕事を同じように続けていた。
動悸、咳、手の汗、手の震えもマトモに歩けない状態は相変わらずだった。

そして、プロジェクトの完了と同時に僕は会社に2ヶ月間の休暇を申請し、(医者の指示は3ヶ月)、家でバイクとドラクエと温泉とギター三昧の生活に入った。

と、いうことでこれまでずっとWEBLOGの更新ができなかったのであった。
今はまた、仕事には復帰している。
医者からは夜は18時には会社を出るように、と言われつつ、長年の習慣で毎日深夜まで仕事をし、酒もほとんどやめていない。
終電で帰宅できることはほとんどなく、ほぼ毎日タクシーで帰宅している。
薬はきちんと飲み続けているけれど。

医者からも人事からもしかられつつ、僕は相変わらずの深夜残業生活を続けている。
病気であるにもかかわらず、現在の僕は、2つのプロジェクトのプロジェクトマネージャーを兼任し、かつあいかわらず、政府関係の限りなくボランティアに近い仕事もつづけている。
だからまだ毎日、WEBLOGを書けるだけの余裕もチカラもない。

WEBLOGが毎日更新できるような体調に早く戻したい、とは思っているので、皆様、生暖かい目で僕を見守っていてください。




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