99745..チェリー
往診でした。
2003年12月12日(金)
今日は神経内科の往診でした。
先生が、デッカイマスクされてるので、どうしたのか?と思ったら。
お風邪を引かれてました。しんどそうだった・・・。大丈夫かなぁ??
とにかく、早く治られますように・・・。
あっ、それから、それまで仕事楽でありますように・・・☆
(とか言っても、病院に帰ったら、患者さんたくさん待たれているんだろなぁ・・・。)

それからシャワー日だったので入って、昼ごはん食べて、あとは何もないので、早くに日記書いてます。
只今、15時・・・。
今日の予定の訪問看護は、明日に予定変更。
今日の曜日の担当看護師さんを拒否してしまったしで、結果的に、来る人がいなくなってしまった。
全ては、自分に跳ね返ってくるということですよ。

何か母まで、午後のトイレ介助がきっかけして怒り出してしまい、大げさになってきてるかも・・・。
ふとちょっとしたことが、身近な周りに、大きな波紋を起こしてしまう・・・。
とか思ってたら、何か母はお友達さんと話しに夢中になってた(*^▽^*)ケラケラ〜


病室では、仮面の患者の顔をしてれば問題は避けて通れるけれど、自宅ではそうはいかない。
個々の名前を持った人となるし、また家族もそれぞれの思いを持っている。
聖者みたいに、理想の患者、理想の家族を演じては、現実は生きていけない。

立派な人もいるだろし、病気を経験して、つながりの深い家族になることもあるだろう。
でも、きっと、その絆ができるまでに、ただの見てるだけの他人とは分かち合えない、大変な思いも共感してきたと思うのだ。
理想が全面に出てしまうと、援助される側が疲れてしまう・・・。


介護されるには、サポートを受ける側にも、必ず責任がある。
老いては子に従え、とか言うけれど、同じようなものなのかな?
一番かしこいのは、自分の意思は持たないこと。
心を抹消して、生き抜くこと。
たとえば、反論するには、それなりの回避できないものも、負うことになる。
この世知辛い世の中で、自分を省みて過ごしている人なんて、そんないない。
一人一人が生きるのが、精一杯。それでいい。それがいい。
だけど、やりがいとか、理想とかの、道具にはなりたくない。
あえて、なってみろ。なったふりして、人に味方を得て、楽に生きろ。
とアドバイスくれる人もいるけれど。

あたしは、自分に嘘はつけない。
嫌いな人は作りたくないけれど、人に自分の気持ちを、無理して合わすことはできない。
それは、何の誰のためにも、ならないのだと気づいたなら・・・。

患者側として、理想の看護を押し付けてるのだとしたら、怖いなぁ。
ごまかさず、お互いの本音、分かり合えれば、いいんだけどなぁ。
誤解は解きたい。

だけど、やっぱり、今サポートして下さってるみんなは、好きなんだ。
好きだから、悩むんだよぉ。

My追加
  手紙  最新  最初  明日   目次  昨日 

Edit by オレンジミルク 。

cherryのブログ・リアルタイム更新中〜♪cherryのキュン☆な毎日