鉄道高架下の狭いスペース。落書きだらけの壁に囲まれた場所。 見逃しそうなその場所に。ライブハウスはひっそりとあった。 店の前には。ちょっと悪そうなお兄さん集団がおって。 あたしは軽くびびって。そうるにぴったりとくっついた。
「受け付けのとこに友達おるって言っててんけど・・・。」 そうるはそう言って。小さくて汚いドアを開けた。 あたしはそうるの後ろに隠れるようにして。店の中に入った。
薄暗い店内は。狭くて息苦しい空間やった。 つるされた裸電球。無造作に置かれた椅子と机。 むき出しの天井。あちこちに落ちてるタバコの吸い殻。酒の匂い。 そんな場所は初めてのあたしにとっては。ちょっと居心地が悪かった。
そうるは友達を見つけて。あたしを紹介してくれた。 「同じ大学のサークルのコ。」って言われて。あたしは彼女に会釈する。 「まぁ楽しんでいってねー。」って彼女は言った。 いい人なんやろうなぁと思った。でもなんとなく気分が沈んだ。
いい。慣れてるし。こんなこと。気にせーへん。 あたしだってそうるを紹介するときは。同じことを言うやろうし。 別にいい。「恋人」として紹介してもらえんくたって。 初対面の人に。いきなりすべてを分かってもらおうなんて思わんし。 そう思いつつ。なんとなくあたしは寂しかった。
ワンドリンクサービスで。カウンター越しにお酒を頼む。 そうるは大好きなウォッカ。あたしはカシスソーダ。 グラスを持って。部屋の隅に小さなソファを見つけて座る。
「あたしこーゆうとこ初めてやねんけど。」 「うん。うちも初めて。変な感じやわ。」 「そうなん?なんか慣れてる気がしてんけど。」 「・・・なんやねんそれ(苦笑)。」
だってほんまにそうるは。雰囲気にしっくり馴染んでた。 あたしがキョロキョロしすぎなんかもしれんけど(苦笑)。 そうるは。やたら堂々としてるように見えた。 なんでやろう。そうるはほんまに思ってることが態度に出んのよね。 びびってることも。違和感もってることも。あたしには分からんかった。 なんかそーゆうそうるを。改めてすごいなぁって思った。
そうこうしてるうちに。ライブが始まった。 ステージの前にみんな集まっていって。熱気がこもった。 初めて聞くキューバ音楽は。けっこう好きかもって思った。 全体的なリズムもよかったし。ボーカルの女の人の声の伸びが最高で。 全然知らん曲ばっかりやったのに。自然と体がリズムを取ってた。 こうやって開放的になれるライブって空間は。やっぱり好き。
でもスタンディングの込み合ったライブハウスは。なかなか疲れた。 いくつかのバンドが交代に出てきてたんやけど。 そうるの友達のオススメは最後の方に出てくることになってて。 時間は夜中の2時とか3時やったから。もうフラフラやった。
途中で気持ち悪くなって。立ってられんくなってきたあたしは。 「ごめん。ちょっと端っこ行ってるわ。」ってそうるに言って。 ホールの端にある椅子のとこに歩いて行こうとした。 そしたらそうるは。「大丈夫?」って言ってあたしの手を取ると。 人波を掻き分けて。ちょっと空いたスペースまで連れて行ってくれた。
お酒の酔いと。タバコの匂いと。ライブハウスの熱気。 いろんな要素があたしを酔わせて。フワフワにした。 ミラーボールが天井でゆっくり回ってて。部屋を怪しげな雰囲気にしてた。 あたしを椅子に座らせたそうるは。あたし用にお茶を取ってきてくれた。 そして自分は2杯目のウォッカを手にして。あたしの隣でステージの方を見てた。 そんなそうるに甘えたくなって。自分の方を見てほしくなって。 あたしは。軽くそうるの肩に頭を乗せた。
そうるはチラっとあたしの方を見ると。フって笑った。 そしてそのままあたしに顔を寄せると。短いキスをした。 あまりの早業に。目を閉じるのも忘れた。 お酒のせいで冷えたそうるの唇が。気持ちよかった。
「・・・人見てるやん。」「見てへんよ。」 「見てるって。」「こんな暗いのに見えるわけないやん。」 「でも・・・」「ええやん。見たいヤツには見せとけば。」
そうるはそう言うと。またあたしにキスをくれた。 2度目のキスは。甘くて長いキスやった。 キスをしながら。近くにあったテーブルに自分のコップを置いて。 あたしの手からもコップを奪って。自分のコップの隣に置いた。 そして両手が自由になったそうるは。あたしをしっかり抱き締めてくれた。
人前でこんなことをするのは初めてで。頭の奥がジンジンした。 ええんかいな。こんなこと。誰か見てるんとちゃうんかいな。 そう思ったけど。そうるのキスであたしの思考回路は止まってもた。 暗い店内。知らない人だらけ。汚れた空気。酒とタバコの匂い。 そんないつもと違う状況が。あたしをおかしくした。 あたしは何度もそうるとキスをして。そのたびに吐息を漏らした。
ねぇそうる。あんたといるとあたしは。 こんなふうに予想もせんかったスリルを味わえる。 そして。そんなスリルに酔ううちに。いつもと違うあたしになれる。 普段のあたしなら。人前でいちゃつくのなんて絶対ありえへんのに。 あんたに迫られると拒めんくて。すべてを許せてまう。 そして。自分の中に潜む本能の部分に気づかされたりなんかもする。
てゆーか。そうる。あんたはほんまに怖いもの知らずやね(苦笑)。 なんてゆーか。あたしやったら絶対にできんことをやってくれる。 人の目とか全然気にしてへん。いつだって自分第一。 やりたいことはやる。やりたくないことはやらん。 そーゆう潔さは。ほんまにうらやましくなるほどかっちょいい。
そんな潔いあんたを前にすると。あたしは考えてるのがあほらしくなる。 そうるが女で。あたしも女で。ほんまにええんやろうか。 そんなことをいろいろ考えてるあたしをひょいっと乗り越えて。 あんたは簡単にあたしを愛してくれてるように思えるし。
なんでそんなに自信に溢れてるんやろう。堂々とできるんやろう。 誰かがもしあんたにそう聞いたら。あんたはたぶんこう答えるんやろうね。 「だって好きなんやし。それだけやし。」
ノロケでもなんでもなく。あんたはきっとそう言う。 「好き」なのに理由なんかない。好きなもんは好き。 キスしたいもんはしたい。抱き締めたいもんは抱き締めたい。 だからキスする。抱き締める。ただそれだけのこと。 そうる。あんたはいつだってそんなふうに。 物事に付随するいろんなものをすっぱり切り捨てて。 究極にシンプルに考えられる心を持ってるんよね。
そんなあんたやから。あたしは安心してついて行けるんやろう。 恋愛は頭でするもんじゃない。心が望むままにするもの。 そういうことを教えてくれるあんたがおるから。 あたしは。ドロドロ考えることはあっても。浮上できるんやろう。
ねぇそうる。あたしはいい人を好きになったよ。まったく。
*追加* あたしとそうるの好きな曲で。何度かここでも紹介してる曲で。 「O.L」って曲があるのですが。その世界観をやっと掴めました。 今日のライブハウスみたいなとこがそうなんかなーって。 勝手に理解してちょっと嬉しかったので。一部歌詞を残してみます。 自己満足ですけど。ちょっと味わってみてもらえると嬉しいです。
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煙たげな店を抜け出し これから二人どこへいけばいい 眠りさえ性になる町で ガードの下の錆びた匂いと 汚れた壁に癒されながら 喘ぎながら互いを知り合う
昨日までをかばうように抱き締めてみた 君の肩越しに新しい何かが見えて
わずかな夜を 滑り落ちて消える 口付けよ 孤独な花になれ 迷いの中で 咲き急ぐ思いが 頼りなくも 儚くも風に震える
O.L / T.M.Revolution より一部抜粋 |