あたしはよく夢を見る。 幸せで。ずっと見ていたいような夢もあれば。 怖くて。必死で目を開けて終わらせる夢もある。
夜明けに見る夢は。だいたいいつも後者。 あたしは。ぐっしょり汗をかきながら目覚めて。 夢でよかったと胸を撫で下ろす。 それは。正体不明の怪獣に襲われる夢やったり。 崖から転落する夢やったり。海で溺れる夢やったり。いろいろ。 ちょっと現実ではありえへんようなことが。夢ではよく起こる。
でも。今朝見た夢は。やけにリアルで。苦しかった。苦しすぎた。 それは。そうるがあたしから遠ざかっていく夢やった。
場所は。あたしたちがよく行くショッピング街。 そこの上りのエスカレーターに。そうるが乗ろうとしてた。 普段ではありえんような。あたしが見たこともないような。 パステルカラーのかわいい服をきたそうるが。そこにはおった。 あたしは。なぜかその場から動くことができんくて。 声にならん声で。そうるの名前を何度も叫んでた。 でもそうるには。あたしの声は届いてへんみたいやった。
そうしてるうちに。そうるの隣に男の人が現れて。 そうるの手を取って。あたしの方を見て。ニヤっと笑った。 そうるは。あたしの方は1度も見んくて。その男を横顔を見てた。 腕を絡ませた2人を乗せて。エスカレーターはどんどん上がって行って。 あたしはひとり取り残されて。その場に立ち尽くしてた。
誰よ。あんた誰よ。イヤや。そうるを連れて行かんといて。 キライ。あんたなんか大キライ。消えて。お願いやから消えて。 そうる。そうる。なんであたしを見てくれんの。 こんなに呼びかけてるのに。あんたには聞こえんの。 お願い。行かんといて。あたしを置いて行かんといて。 なんで。なんで。イヤや。こんなのイヤや。
必死の思いで目を開けて。すべては夢やって分かって。 安堵と苦痛で。じんわり涙が浮かんでくる。
夢やと気づいた後も。しばらく体の震えが止まらんかった。 寒さのせいかと思って。あったかいココアを入れた。 でもココアを飲んでも。ちっとも落ち着けんかった。
時計を見たら朝の6時で。窓の外はまだうす暗かった。 また同じ夢を見るかと思ったら眠るのが怖くて。 あたしはカーテンを引いて。ゆっくり白くなっていく外を見てた。 そのうち少しずつ冷静になっていって。 なんであんな夢を見たんやろうって考えてた。
そっか。昨日がホワイトデーやったからや。 だから忘れかけてたあの男の存在が。頭をよぎったんや。 そう思って。あたしは長い溜め息を吐く。
あたしが連絡せんかったのもあるけど。そうるも連絡をくれんくて。 結局金曜はまったくそうると連絡とってなかった。 サークルの掲示板にも。そうるのカキコはなくて。 もしかしたら家に帰ってへんのかなって。あたしは思ってた。 そして。もしかしたら。あの男と会ってたりするんかなって思い始めて。 そして。そんなことあるはずないやんって考え直してた。
そうるは。あの男との関係は切るって言ってくれた。 あの目は本物やったし。あの涙も本物やった。 少なくともあたしには。そう信じられるものやった。 だから。もう何か言うのはやめようと思って。 あれ以来あたしは。何もそうるには言ってへん。 そうるからも。あの男に関する発言はなくなった。
大丈夫なんやと思う。何かあるはずがないと思う。
でも。こんな夢を見たら。不安もよぎるやん。 忘れかけてたことやのに。考えんようにしてたことやのに。 夢でそんなことされたら。イヤでも思い出してまうやん。
でもさすがに。夢で見たとも言い出せんし。 そんなこと言えるくらいなら。あたしは1年も苦しんでへんかった。 あぁ。ほんま。夢なんか見んかったらよかった。 そう思って。どうしようもない思いにかられて。また苦しくなる。
ねぇそうる。あたしは痛みはいつか薄れていくものやって書いたけど。 薄れても。やっぱり絶対消えることはないんやと思った。 どんなに薄れてても。もう自分でも意識せんくらいになってても。 こんなふとしたことで。こんなにも思い出す。 そして。やっぱり痛みは痛みで。何ひとつ変わらへん。
あんたの本音を聞いた。大事に思ってくれてることが分かった。 嬉しかった。もうその気持ちだけで十分やと思った。 それやのに。過去の痛みは。その喜びの重みさえ。あたしに分からんくさせる。
いつまで引きずってるんやろう。なんでこんなに嫉妬深いんやろう。 もっとドライで大人なオンナになりたいのに。あたしには無理みたい。 どうやったって。もう別に気にせーへんとは言えん。 そうる。あんたのことで。どーでもええことなんてあたしにはない。 何を考えてるか気になるし。心に誰がおるんか気になるし。
そう考え出すと。どうしてもあの男が出てくるねん。 あたしが。この世で1番キライなあの男が。 顔も見たことのないあの男が。どこまでもあたしを締め付ける。
負けへん。大丈夫。負けたりなんかせーへん。 あたしはそんなに弱くなんかない。
でも。やっぱり痛い。そうる。あの傷は今でも痛いんよ。
|