朝起きて。カーテンを開ける。 そこに太陽の眩しい光はなくて。でも雨も降ってなくて。 どんよりした曇り空が広がってた。 なんか。泣き出しそうな空の色やと思った。 晴れることが無理なら。いっそのこと雨を降らせればいいのに。 中途半端で。泣くこともできない。あたしみたいな空。
昨日そうるに冷たいことを言われて。 あたしの心はどうしようもなく沈んでた。 練習に行くのもちょっと気が重かった。 たぶんそうるは。何もなかったように普通に接するんやろう。 たぶんあたしも。ちょっと無理して笑ったりするんやろう。 そうやって。きっと傍目に見たら何の問題もないように装って。 平気そうに演じてるうちに。嫌なことはすべて忘れられたらええのに。 そんなことを考えながら。あたしはグランドに向かった。
グランドにはまだそうるは着いてなくて。あたしは少しホッとした。 みんなの顔を見ると。そうるのことをちょっと忘れられた。 いつもと変わらず笑える自分に安心した。大丈夫やと思った。
それから10分ぐらいして。そうるのバイクが到着した。 JIBバックを肩にかけて。そうるが歩いてくる。 「おはよー。」「おっすー。」みんながそうるに声をかける。 そうるはそれに答えながら。あたしのいるベンチに向かって歩いてきた。
あたしは。そうるの顔が見られなくて。うつむいてスパイクを履いた。 そうるは。あたしの横にバックを置いて。黙って着替え始めた。
沈黙が重くて。あたしは息が詰まりそうになってた。 今そうるが何を考えてるのか。あたしに何を言いたいのか。 そして。あたしはそうるに何を言うべきなのか。 ぐちゃぐちゃ考えてたら。泣きそうになってきた。
うつむくあたしの頭に。そうるの手が置かれた。 ポンポンっと2回。黙って。あたしの頭を叩いて。 そうるは。今日のメニューを相談しに。副キャプのとこに向かった。
そうるは何も言わんかった。でもあたしには。 そうるの言いたいことが。痛いくらいに伝わってきた。
今からは練習。とりあえずは関係ないことは忘れてや。集中してや。 きっとあたしに。そう伝えたかったんやと思った。 それは。そうるの自分勝手な言い分にも聞こえるけど。 真剣に練習したいはずあたしを思っての。そうるの優しさ。 あたしには。それがちゃんと伝わってきた。
あたしは首をブンブン振る。忘れなきゃ。忘れなきゃ。 やる時は真剣にやろう。そう思って。気持ちをどうにか切り替える。
アップのとき。そうると順番が前後になる。 そうるがあたしからパスをもらう時。あたしの名前を呼ぶ。 あたしはそれに答えて。そうるの名前を呼んでパスを出す。 そうるに名前を呼ばれるだけで。あたしは心が震える。 そうるの名前を呼ぶだけで。あたしは泣きそうになる。
何が「忘れる」やろう。何が「気持ちを切り替える」やろう。 こんなにもこんなにも。不安で押しつぶされそうになってるくせに。 あかん。しっかりせな。ちゃんとせな。そう思って。 あたしは。心を鈍らせて。何も感じないようにしてた。 ひとつひとつのプレーにだけ頭を使って。集中して。挑んだ。 そのせいか。練習が終わる頃には微妙に頭が痛かった。
とりあえず。没頭してたら4時間の練習はあっという間に終わった。 練習が終わってから。予想してた通り。そうるはあたしを呼んだ。 「会計のことでキャプと話し合いー。」って。 友達にウソをついて。先に帰ってもらう。 そしてあたしは。バイクにまたがったそうるのところに行く。
「昨日のことな。キツかったかと思って気になってた。」 開口一番。そうるはあたしに言う。あたしは黙って聞く。 そうるはさらに。言葉を続ける。指はミラーの縁をなぞってた。
うち最近・・・とゆーか前からやけど。けっこうバイトとかしてるやん。 分かってると思うけど。うちって予定入ってないと落ち着かへん性格やん。 だから。けっこうカツカツな生活してるんやけど。 それで。ここからはうちの悪いとこやねんけど。 普段は別に気にならんのに、自分がしんどくなってくると、 自分と違うことやってる人がうらやましくなったりするんやん。 例えば。のんびり自分のペースでやってるあんたのこととか。 それで昨日みたいに当たったりしてまうんやと思うねん。ごめん。
またキツイことを言われるかと思ってたのに。 謝られるなんて思ってもいなくて。あたしは驚いた。 そうるは。昨日はバイトが相当忙しかったらしい。 客足も全然途絶えなくて。新人のミスとかもかばったりして。 なんだかんだで疲れて。イライラしてて。 そんなときにあたしがヒマとか言ったもんだから。 ついついあたしに当たったんだと言う。
あたしは前にそうるに言われたことを思い出す。 (日記にも書いてました。こちらの日記です。) そうるは、自分にとって近しい人にほど、 自分の弱い部分を押し付けるようなことをしてしまうってこと。 そうるだけじゃない。あたしにもそういうとこはある気がする。 そしてそれは。そうるとあたしだと形が全く違う。
そうるの場合。相手に冷たく当たったり突き放したりすることで。 あたしの場合。相手に愚痴ったり絡みついたりすることで。 そういうのを。お互いに対してついついやってしまう。 カタチは違うけど。どっちもお互いに心を許しているからこそ。 自分にとって。その時1番ラクなカタチをとってしまう「甘え」やってこと。 あたしは。あのとき確かに理解していた。それなのに。
あぁ。またやわ。また見えんくなってた。 しんどいそうるの気持ちに。疲れてるそうるに。 あたしはまた。気づいてあげることができんかった。
あたしはそんなふうに。そうるの言葉を聞いていろいろ思ったけど。 それでもやっぱり最初に感じたことは伝えたいと思って。 バイクのハンドルをいじりながら。そうるに話した。
折り合うことって大切やんね。分かり合おうとすることも大切やんね。 イライラしたときに。自然体の自分で甘えてもらえることは嬉しいよ。 でも。自分がそう言うことで。相手がどんな気持ちになるか。 難しいけど。気遣えるような2人でいたいねん。 ちょっとクサイけど。これからもずっと一緒にいたいから。 そういう難しいことでも。あたしはがんばって考えたいって思うねん。
何度も言葉に詰まったけど。あたしは一生懸命伝えた。 今度はそうるが黙ってあたしの話を聞いてくれた。 そして。ずっと一緒にいたいからこそ気遣えるようにって言ったあたしに。 「うん。それはうちも同じ考え。」って言ってくれた。
ねぇそうる。あたしはあんたが誇らしかった。 自分の否を。ちゃんと認めて謝ってくれたあんたが。誇らしかった。 あたしやったら。泣いてうまく謝れんかったかもしれんのに(苦笑)。 ちゃんと「ごめん。」って言ってくれたあんたを。 やっぱりさすがあんたやって思った。 そして。これからも一緒にいたいってことに同感してくれたあんたに。 あたしはまた。涙が溢れそうなくらいの幸せをもらった。
バイクにまたがるあんたに。ちょっとだけ体を寄せる。 あんたの髪に唇をつけて。あんたの匂いを胸いっぱい吸い込む。 ええやろ。そうる。あんたは昨日あたしに甘えたんやし。 わがまま言って。やりたいようにやったんやし。 それなら。あたしだってちょっとぐらい甘えさせてもらうもんね。 こうやってあんたをそばに感じるのが。あたしのわがまま。
そうるは何も言わずに。あたしに肩を抱かれていた。 でもあたしがそうるの頭に。あんまり鼻を押し付けるもんやから。 「練習後やでー。くさいでー。」なんて言って。あたしを笑わせた。 そして2人で一緒に笑った。気まずさはもうなかった。
帰り際。あたしの原チャの後ろをそうるが走る。 あたしのスピードに合わせて。ゆっくり走ってくれる。 いつもの分かれ道で。スピードを上げてあたしの隣に来て。 自慢のメットのミラーウィンドを。コンコンって指で叩く。 そうるの目は見えないけど。あたしの心にはちゃんと映る。 ミラーウィンドの向こうで。嬉しそうに笑ってるあんたの目が。 あたしの目には見えないけど。心にはちゃんと見える。 あたしは笑って。ヒラヒラっとあんたに手を振る。
あぁ。よかった。ちゃんと分かり合えて。 いつもいつも甘い甘い2人ではいられなくても。 こうやって。ぶつかることがあっても。 ねぇそうる。あたしはかまわない。 ひとつひとつ一緒に乗り越えていければそれでいいから。
傷ついて。傷つけて。お互い辛い夜を過ごしても。 こうやってまた笑い合えるって。あんたとなら信じられるから。 |