ミドルエイジのビジネスマン
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2008年09月07日(日) スイマーズ・ハイ

2週間ほど先に健康診断が予定されているので、スポーツクラブに行った。プールは泳ぎの上手な人が我がもの顔でレーンを占領したり、女性の泳いでいるところは遠慮しなければならなかったりで、居心地が良くなかったものだが、用具が少なくて済むものだから(パンツ一枚?)会社の帰りにも寄れるので、その点優れたスポーツだ。

もう一つ、間違いなく優れているのは、ガマの油売りではないが、腹の肉がはみ出している自らの裸の姿の現実を、鏡に映して見つめざるを得ないことだ。

以前から、泳がないではなかったが、クロールをしているうちに少しずつ呼吸が苦しくなり、なんとか向こう岸までたどり着かなくてはと必死になってしまう苦行のようなものだった。苦しくなればフォームも乱れる。最後は、泳いでいるのか溺れているのか判然としなくなってしまうのが水泳のデメリットとも言える。

今回、何回か続けて通ううちに、ふとした拍子に呼吸が楽になる方法に開眼した。ポイントは「口で吸って、鼻から吐くという教えは間違い」。鼻からだけ吐いているのでは息を吐ききれず、少しずつ過呼吸になってしまうのだ。それが、次第に息が苦しくなる原因だ。実は、鼻と口の両方から吐くことで肺から空気を十分追い出すことができるのだ。そして、もしかしたら、こちらの方がより重要なポイントだと思うのだが、鼻と口の両方を使うことによって、吐く息の量を楽に調節することができる。鼻だけで調節しようとすると、息を止めることになったりする。一旦息を止めると、あとが苦しいんだな、これが。

呼吸量を調節できるという確信があれば、ますます気持ちも楽になり、一方で泳ぐフォームに意識を向ける余裕も出てくる。スムーズなフォームになれば、さらに呼吸するのが楽になって良いこと尽くめの好循環だ。これって、お金持ちが益々お金持ちになったり、宗教家や思想家がどんどん高次元の精神世界に昇ってしまうのと似ていないだろうか。身近で言えば、仕事のできる奴が仕事自体を楽しんでいるとか。

これまで必死で泳いでいたときには、プール中央の排水溝にある穴の開いた蓋を越えると、やれやれ、ようやく半分泳いできたと思う反面、まだあと半分も道のりがあるのかと気が重かったものだが、あるとき泳いでいると、中央ラインを越えたことに気がつかなかった。空中を漂うような浮遊感を楽しんでいるうちに、もう半分、あと半分という意識を忘れていたのだ。何百メートルも、あるいは何キロも泳ぎ続ける人がいるのはきっと、このふわふわとした浮遊感を楽しんでいるからに違いない。名付けて「スイマーズ・ハイ」だ。


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