ミドルエイジのビジネスマン
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| 2005年11月13日(日) |
2005年は日本の社会が変わった年 |
「かまやつ女」を知りたくて名付け親の三浦展(あつし)著「下流社会」を買ってきた。ミリオネーゼ系、お嫁系やギャル系も写真つきで載っているので、よく理解できた。階級社会というほど明確な分化ではないが、今、既に中流社会が上流と下流に分裂し始めているという。エッセンスを孫引きすれば、以下のとおり。
「下流」とは、単に所得が低いということではない。コミュニケーション能力、生活能力、働く意欲、学ぶ意欲、消費意欲、つまり総じて人生への意欲が低いのである。その結果として所得が上がらず、未婚のままである確率も高い。そして彼らの中には、だらだら歩き、だらだら生きている者も少なくない。その方が楽だからだ。
若い女性を分類したのはセンセーショナルで目を引くからであって、電車の中で居眠りをしたり、駅の階段に倒れ込んでいたり、パチンコ屋さんの前で力なく座り込んで開店を待つ若い男性も写真つきで描写されている。
そして言う、フリーターの年収はせいぜい2百万円、所得が3百万円では結婚できないのが現実だと。5百万円で可能性が出てきて、年収7百万円の男は取り合いになる。
本当は若者だけの話ではない。社会のあらゆる年代層で、階層分化が始まっているのだ。この夏、株式市場が大幅に上昇、小泉自民党の圧勝した2005年という年は年齢に関係なく相当数の豊かな階層を生んだはずだが、乗り切れなかった多くの中流層が「下流」に流れていくことだろう。「ロハス」というような価値観を纏(まと)いながらも、階層分化は止められまい。
「下流社会」の中でも指摘している衝撃的な事実。かつてトヨタの高級車クラウンのキャッチフレーズは「いつかはクラウン」という希望に満ちたものだった。今はまだ買えないが、一生懸命働いて、いつかはクラウンに乗れるようになろう。今年、巨額の広告宣伝費を費やして大々的に売り出している高級車レクサスでトヨタは言っているだろうか、「いつかはレクサス」と。
ミリオネーゼ系やかまやつ女系のインタビューも載っているので、最愛の妻に、いくつかのエピソードを話していると、昔「マル金、マルビ」という本があったわね、という指摘を受けた。あの当時は笑い飛ばすことができたが、「下流社会」の本を床に叩きつけないで最後まで読める人は、日本に10%位しかいないのではないかと思う。大部長もまた、読んでいて冷静さを保つことはできなかった。
社会全体の問題としては、「だらだら歩き、だらだら生きている意欲のない者」を誰が支えていくかという問題が将来不可避的に発生してくるだろう。それが、若いときに一生懸命働いた老人ではなく、あなたと同じ世代の若者や中年の男なのだとしたら、支援の手を差し伸べたり、社会保険を適用したり、生活保護をしたいと思うだろうか。
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