ミドルエイジのビジネスマン
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2005年04月03日(日) 同僚のお父様の告別式に参列

当人の真剣さとはウラハラにのんびりと響き渡る雲雀(ひばり)の鳴き声を、特急も停まる駅だというのに原っぱが向こうに広がるホームで軽い脱力感に身を任せながら聞いていた。

その葬儀は大分県の小さな地方都市で営まれた。お父様が亡くなられ、同僚が喪主を務めた告別式に、地下鉄、モノレール、飛行機、バス、そして普通列車を乗り継ぎ、あたかも月に向かって発射されたロケットのように捜し求めた斎場に予定通りの時刻にピンポイントで到着するという慌ただしさで参列してきたのだった。みんなから集め、全部合わせれば大金となる香典袋の束を受付に届けて、現金を運ぶ責任を果たした安堵感もあったし、多分、万難を排して東京から駆けつける姿をお見せすることで会社としてのプレゼンスを披露する役回りも果たした。

ちょうど三年前の春に行われた自分の父親の葬儀も同じようにうららかな春の日のことだった。斎場で見上げた同僚のお父様の写真は、どことなく自分の父にも似ているような気がした。戦争の前後に活躍され、苦労もされたご尊父のありし日をしのんだ弔辞が読み上げられ、同僚が故人との交友を謝する挨拶をした。

自分の父はそれほど立派ではなかったし、長生きもしたので人々の涙の数はこれほどではなかったと思うが、いくつで死んでも親の死は悲しいものだったし、他の何ものと比べることもできない。最近、父親のことなど思い出すこともなかったが、駅のホームで暖かい陽の光に包まれて列車を待ちながら、青空に吸い込まれていく焼き場の煙をテレビドラマのワンシーンのような姿で見ていた自分たち家族のことを思い出したりした。

午前中に乗ってきた普通列車は、大横綱双葉山生誕の地や景行天皇ゆかりの木を名所に掲げている駅などを過ぎ、大きな川の河川敷まで菜の花が咲き誇っている風景を眺めていると、ほんのひとときだけ海の傍(そば)をかすめ、発電所らしきプラントを通ってようやく目的地に着いたのだった。

いくつもの駅を通り過ぎた。ビニール袋にコンビニ弁当を入れていた三十過ぎのスーツ姿の謎のお姉さんは、向かいの席では食べにくかったのか持ったまま途中の駅で降りていった。残ったのはいかにも暇そうなおばさんが何人かと表紙に赤やピンクの大きな字が躍っている雑誌をシートからずり落ちそうな姿勢のままひたすら読み続けている専門学校生らしいの女の子だけだった。途中から背中のバッグにバドミントンのラケットを挿した小学生の兄弟が乗ってきて騒々しくなった。駅まで見送りに来たお母さんらしき人の腕の中では置いていかれるのを察知した小さな女の子がピーピー泣きわめいていたっけ。

二度と会うこともないであろう人々の日常生活を垣間見ながらたどり着いた同僚のお父様の葬儀も無事終わり、そのご縁で自分の父親のことも思い出させてもらった。雲雀の鳴くうららかな春の日は、あらかたの人にとってはごく普通の平和な一日だったに違いない。お兄ちゃん達に置き去りにされてビービー泣いていた女の子もお母さんに慰められて、その腕の中で幸せに寝付いただろうか。


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