ミドルエイジのビジネスマン
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春の暖かい夕焼けを見ながら1970年代に流行ったなつかしのABBAを車のなかで聞いた。「車の中で」というのは、そこ以外に大音響で楽しむ場所がないからだし、そこ以外に本当にひとりになれる場所がないからだ。いずれにしろ、ここ何ヶ月かはそんな楽しみを思いつく心のゆとりもなかった。
この、歌詞カードもついていないそっけない古いカセットテープは、実はアメリカに短期滞在したときに買ったものだ。聞いているうちに、語学研修でヒューストン郊外の家に閉じ込められていた(車がなければ外出のしようがない)ときの閉塞感とABBAのヒット曲集を慰めに聞いていたときの複雑な感情を思い出した。アメリカ南部の大雑把な天候にはすさまじいものがあり、嵐の日にひとりで家で音楽を聴いていると何もない庭先に突然雷が落ちて太い火柱が立ち、度肝を抜かれた。たまに、みんなで車に乗って外出したときも、あまりに広大な土地なので地平線のかなたにある嵐がこちらに移動して来るのが見えた。雲の下で雨に煙っている情景がそのまま手前に接近してくるのだから恐れ入った。
家の近くに見つけておいたスーパーの「サークルK」にこっそりとカップヌードルを買いに行ったこともある。テクテク歩いているうちに、車ではわずか数分なのに実ははるか遠くだったことを思い知り、高温多湿の気候を身をもって実感する羽目になった。そもそも、普通の人は徒歩で外出なんかしない。そうしてようやくたどり着いたお店に置いてあったカップヌードルは韓国製で、麺は短くブツブツと切れていた。そう、アメリカではカップヌードルはまさにスープとして扱われていたのだった。
せっかくの機会ではあったが、経験したことを初々しく受止めるには年齢も高すぎ(年寄りではなかったが)、学習能力も飛躍的に高まる時期ではなかったので、その後の人生においてはそこそこの好影響しか及ぼしていない。今では、ノスタルジーとともに断片的なことをポツポツと思い出すのみだ。また別のエピソードを思い出したら書くことにしよう。
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