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2004年04月10日(土) ■ |
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自衛隊撤退要求の署名は出来ない
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今日 三宮を歩いていたら 早速自衛隊撤退の署名要求ににぶち当たった。 両手に買い物袋をぶら下げたまま、「いやイイです」と拒否したら その女性は「非国民め」といわんばかりの眼差しをわたしに向けてくれたんだけども ごめんなさいね、興味がないんじゃないの、したくないからしないのよ と、こんなところで言い訳しておこう。
昨今 全く死に体の日記だけど 一応時事云々書いてる日記書きとしてわたしの考えは書いておく。
ちなみに これは わたしのバックボーンの創価学会の考え方ではなく もちろん公明党の考え方でもなく わたし個人の考え方なんだけど・・とお断りしておく。
拘束された3人の家族がテレビのインタビューに答えているのを見て なんかもう かわいそうと腹立たしいのとない交ぜ。
わたしが拘束された当事者なら 喉もとに刀突きつけられても「NO小泉」なんて言うわけがない。 志高くイラク国民を救うという 自分独自の正義の名の元に 敢えて戦地に赴いたわけなんだから 死ぬかもしれない覚悟は持ってて当然だろう。 その覚悟を家族に理解してもらって かの地に赴くのであれば「万が一のことがあっても悲しまないでね」くらいの言葉は家族に残していく。 日蓮曰く「よからんは不思議 悪からんは一定(イチジョウ)=良いのが不思議悪くて当たり前」 逆に わたしが親なら (事実わたしは人の親なのであるが) 子供が志高く戦地に赴くと言えば 「死んでもよいのか 親不孝者め!」と大いに反対するであろう。それでもどうしても本人の意志が固く 止められなかったときには 万が一を覚悟して 送り出した時点で子の命は一旦諦める。運は天まかせ。 毎日毎日無事の帰国を祈り続けるだろう。 そして今回のような事態になったら「本人覚悟の上で危険地域に赴き遭遇した事です。お騒がせして申し訳ありません。」と世間に謝罪する。 だって 本人納得の上やもん。 無用心で不運なわが子のために テロに屈して 同じく万が一の死を覚悟で相当の準備をしてきた自衛隊を撤退させられるわけないやん?
自衛隊を送るなと煩くいい 国際貢献と言うならば 自衛隊の代りに 丸腰の一般人を送れば国際貢献できるなどと吹聴してたのは誰だったか? 万が一そんなことがまかり通っていたら 3人の拘束くらいでは済まなかっただろう。
死ぬかも知れないような危ない地域へなんて 仕事だとしても誰も行きたくないに決まっている。 自衛隊は日本の国際貢献という大義の元に出かけた。大義よ大義! そういう大義でもなければ行きたくないような場所へ 個人が『自己の高い志』の元出かけたのなら 周囲を説得して 死ぬ覚悟で行くのが当然じゃないのか。周囲が 知人の命を惜しむ心は分かるけど 死にたくないよ助けてくれよ と本人の声を聞いたのだろうか? 友達だったら出発する前に止めてやれ。わたしが友達ならそうする。
今夜のニュースを見ていると サマワもすでに安全地域ではなくなった。 この大義のもと 当初の予定通り 堂々と撤退してくればいいんではないか。
散らかし文章で申し訳ない。
わたしは 50もとうに過ぎて 子供が巣立って わたしを心配してくれる恋人もいなくなってたら シニア海外協力隊見たいな形で 危険地域に地雷掘りに行ってもいいぞと常々思ってるし よく口にもしている。それこそ 危ないのは覚悟の上。Johgenは国際貢献の真似事しながら死んだよと噂に聞いてねって。しかし 死ぬほど心配してくれる人がいたら 心配かけたくないので危ないところへは行かないで せっせと小遣いを募金するかな・・・。 これを「随力弘通(それぞれの力に応じた仕事をする)」という( ̄▽ ̄)<違
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