2005年03月09日(水)  変化する 時間の経過を 怖れない


今日は夜の更新。


毎日いろんな人の日記とかブログを読んでいる。たくさん読みすぎて誰が書いていたことか忘れたけど、「今の状態がずっとこのまま続けばいいのに。時間の流れは残酷だ」という趣旨の日記があった。

「うんうん」と頷きながら読んでいた。私も日常が大好きで変化が怖い。今が幸せで安定していれば、それだけいっそう時間の流れを酷に感じるものだ。これを突き詰めて考えていくと、「それなら、なんで生きてるんだ」という恐ろしい極論に達したりする。

人はこのつらさから逃れるために、「夢」を語るのだろうと思う。これからくる変化の先に希望があれば、変化も怖くない。今以上の幸せが待っていると信じることで救われる。


母方の祖母が入院して、母たち(母は3姉妹)は交代で祖母のいる福岡に看病しに行っている。先日、福岡から東京に帰ってきた頃を見計らって母に電話した。母は精神的に疲れていた。将来に希望が持てないと言う。自分もあのように老いていくのが怖いと。

中年以上の人はよく、「子供はまだできないの? 仕事もいいけど早く子供を作りなさいよ」と口癖のように言って、ときには若い人に疎まれたりする。母も電話をかける度に私に「子供はまだか」と言う。子供は希望の塊だ。時間の経過に対するやりきれない気持ちが、新しい命の存在によって少しでも紛れるのだろう。


「変化」とひとくちに言っても、いろんな変化があると思う。中でも人が恐れているのは、自分ではどうにもならない変化であり、外からもたらされる変化だろう。

この恐怖に勝つには、まず、「人は変化するものである」という事実を受け入れることだろう。そして、何よりも大事なのは、自分自身があえて変化し続けることではないかと私は思う。

それはつまりこういうことだ。世の中には動きを作る人と、その動きに乗せられる人がいる。「乗せられる人」は、いつも「作る人」によって変化を与えられる形になる。だから、変化が怖ければ、「作る」側になればよいのだ。

「動きを作る」というのは現状にいたずらに荒波を立てるということではなく、現状を好転させていくということ。自分の未来を希望に満ちたものに変えていくということ。つまり、「乗せられる人」は「自ら」のではなく、「他人の」幸福に乗っかることになる。


変化は怖い。だけど、自らが現状を脱ぎ捨て、よりよい未来に変えていく勇気を持つことで、その怖れを解消することができるのではないか、と。

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仕事がヤバイ。つまりにつまっている。だけど、今日は一日中眠くて眠くてしかたがなくて、ソファでパスカリーナと眠りコケてしまった。あー、どうしよう、どうしよう。

これからとりあえず朝まで原稿を書く(宣言)。なんとか1つでも形にせねば。


つづく。


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>>「匿名メールフォーム」へのレス

・そうそう、写真って大事ですよね〜。
 私は特に食べ物の写真を見るのが好きで、
 そのためにレシピ本を買っちゃうくらいなんですけど、
 自分でも食べ物の写真を上手く撮りたくて、
 実は、今回日本に帰って、デジカメを買い替えました。
 ズバリ「食べ物がおいしく撮れるカメラはどれですか」
 とお店の人に聞いて買いました。(笑)

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