たそがれまで
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2004年09月21日(火) 娘の傷 2




娘が怪我をした翌日、大事をとって学校を休ませた。
傷の具合や本人の状態などは手紙で息子に持たせた。

学校が昼休みに入った時間になり、担任の先生から電話があった。
追いかけっこしていた男子の両親が謝罪に伺いたいと言われてますが
どうされますか?という内容だった。

謝罪はいりません。と言いかけて、止めた。
もしも逆の立場だったらやはり謝罪をしたいと思った。
許される、許されないは別にしても、まずはきちんと謝罪したい。
それにもう一つの思い。

子供の前で親が頭を下げる。
その姿を見せたかった。その子に。
自分のしたことで親が他人に頭を下げ謝っている。
その光景はずっと心に残る。
意地悪な気持ちではない。
その光景で自分の中で何かを感じてくれたらいい。

親の責任。でもいい
自分の罪。でもいい
だけど本当に感じてほしいのは
それだけ親から愛されているということ。






謝罪を受ける時のシュチエーションをあれやこれやと考えた。
追いつめたくはないし、追いつめる必要もない。
何よりも最初っから怒ってはいないのだから。

もう結構ですよ。
それほど大きな傷ではありませんでしたし、
一番ビックリしたのは本人の◯◯君でしょうから。
来ていただいてありがとうございました。


そんな優等生的な答えを自分の中で用意した。

翌日、直接娘にぶつかった子とその両親が家に来た。
在り来たりな謝罪の言葉に優等生的な応えをするはずだったのに
私は対応しなかった。
たまたま2階に居て、来訪に気がつかなかったから代わりに夫が応対した。
『ふつう妻も呼ばないか〜』と思わないでもなかったけれど・・・

人当たりの良い夫だから、決して強い口調では話してない。
内容もおそらく優等生的な私の答えと同じだったろう。

箱に入ったケーキを置いて、その親子は帰って行った。

話しは脱線するけれど・・・・
謝罪に行くときには、決してその家の近所の店で買い物をしてはいけない。
なぜならば、確かめに行けてしまうから。
あの人の誠意の値段を、確かめられてしまうから。

私はわざわざ値段を確かめに行ってはいないのだけど
いつも行くスーパーの中にあるお菓子屋さんだったから
ついつい歩きながら視線がショーケースに向いてしまった。
まあその程度の値段よね・・・

で、この話しはここで終わる筈だった。
謝罪にも来てもらったし、もう何のわだかまりもない。
自分ではそう思っていた。


2日後、タイミングが良いのか悪いのか、娘のクラスの授業参観があった。
まだ絆創膏を貼って通学している娘だけれど、いつも通り元気。

参観が終わり保護者の懇談に移った。
皆、机の上に名札が置かれている。
なかなか会う機会のないお母さん方が多いから、
知り合いの少ない私には非常に助かる。

無意識にあの子のお母さんを捜した。
先日家に謝罪に来られたお母さんと、
一緒に追いかけっこをしていた男の子のお母さんを。
こちらは電話がかかってきて、一通りの謝罪は受けていた。


懇談が終わると何か話しかけられるのではないかと思い、
これまた優等生的な返事をいくつか考えた。
得意技でもある営業スマイルもつけるつもりだった。

だけど、懇談が終わると、そそくさと教室を後にした二人のお母さん。
「娘さんの傷の具合はどうですか?」の一言もなかった。
もちろん私の机上にも名札はしっかり置いてあったし、
私とそのお母さんを隔てるものはなかったから、気づいてない筈はない。

いやそれよりも、
ただの一言もその件に関して言葉を発しなかった担任の先生。
そもそも、担任の先生からきちんと謝罪の言葉を聞いた記憶もない。

一度、許すと言ったからもう二度とその件の話しはしない。
そう娘に言ったけれど、それはあんまりじゃないか。

私なら、
私なら、
ちゃんと面と向かって傷の具合を尋ねる。
顔を合わせた時にはそれが常識だと思う。



許せてはいなかった。

結局、許せていなかったのは私だ。





そう考えたら、次々に怒りは膨らんでいく。
そもそも娘が怪我をした掃除時間、先生は教室にいなかった。
それは、同じ日の同じ掃除時間、別にも怪我をした子がいて
保健室に連れて行っていたかららしい。
やはりふざけている時に怪我をしたそうだ。
その子も病院に行かなくてはならないほどの怪我。

同じ日に病院に行かなくてはならない怪我をする生徒が二人。
これはただの偶然?

先生が居てもふざけて怪我をするなら、
先生が居なければもっと危ない。
そんなクラス作りしかできない先生なのか。

怒りの矛先はそうやって余所に向く。




結局、許せていなかった。
ただそれだけ。






娘の傷も少しずつ薄くなりかけた頃、学年末を迎えていた。
まだ娘の治療費が学校から支払われてはいなかった。
時間がかかるという説明もなかった。
何の説明も受けないまま、娘は進級した。
新しい担任の先生から治療費を渡されたのだけれど
何か腑に落ちなかった。


こんな先生にももう当たりたくない。
クラス替え発表で、どうぞ息子の担任にだけはなって欲しくないと願った。

いつの間にか私の怒りは「先生」へと移行していた。
だけど結局何も言い出せないまま、
「もう結構です」という良い人、
良い親の仮面を被ったままで現在に至っている。


本当の怒りはそんな自分自身にかもしれない。
許せない自分を許せない。


許すと云う行為は本当に難しい





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