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息子が怪我をした話しをもう一つの日記に書いた。 突然のことで(普通、怪我は突然するものだ)慌ててしまったけど 今はなんとか落ち着いて、傷も順調に回復中。
息子を病院に連れて行った時、ふと娘の顔を見つめた。 そう、娘が顔に傷をつけた時も同じ病院の待合室で心配をしたっけ。
年が明けて、もうすぐ2月になろうとした頃 私のケイタイが鳴り、発信先は子供達の通う小学校だった。
「申し訳ありません、娘さんが顔に怪我をしました。 丁度眉の辺りなのですが、すぐに学校へ来て頂けますか?」
「解りました、すぐ伺います。 で・・あの・・傷は大きいのですか?」
「大きくは・・ でも深そうなのです。」
「傷は縦の傷ですか? 横ですか?」
動転している筈なのに、なぜそんなことを訊いたんだろう。 ただ、自分の経験から言って、縦の傷の方が後々まで目立つ。 若い頃、事故に遭っておでこでフロントガラスを割ったことがある私は おでこと目の回りにいくつかの傷を作った。 もう12年経った傷だから他人には解らないようだけれど 鏡を見たり、化粧をする時、必ず傷が目に付く。 横の傷は皺と同化しやすくて目立たないけれど、縦の傷は目立つ。 その時のドクターの言葉がはっきりと蘇った。
学校の保健室に着くと、娘はベッドで泣いていた。 担任の先生から傷ができた経緯の説明をうけた。 掃除の時間、男子二人が追いかけっこしていて、ぶつかられた弾みに 窓のサッシに顔を打ち付けたとのことで、 丁度、眉を上下に縦断する傷が出来ていた。 娘の過失は何もない。それを先生は強調された。
保健の先生のアドバイスを受け、形成外科を受診することにした。 やはり顔の怪我だから、 やはり女の子だから、 できるだけ傷跡を目立たずに治療してほしいと思ったから。
そして、幸いにも近所にあった形成外科に飛び込んだのだ。 あの時も同じ、この待合室で泣きべそをかく娘を見つめて悲しくなった。
ドクターが言われるには、傷が深いので縫うしかないと。 それも傷の奥と表面の二段縫い。 もしも眉の中でなければ、テープを張り付けて目立たなくもできるのだろうけど 眉の中なのでテープが貼れない。 なるだけ目立たないように縫いますね。
治療をされている間、すぐ横で娘の頑張りを見つめながら考えた。 眉の中だけの傷ならば跡はそれほど目立たないだろうが、 上下に飛び出した傷跡は、どれだけ目立たなくなるだろう。 女の子が顔に傷。 自分が経験したことがあるだけに辛い。
本人は痛いのと驚きだけで、傷跡の心配なんてしていない。 まあそれも当然だろう。 年頃になった頃、この傷を見つめて溜息をつかなければ良いけれど。
自宅に戻るともう娘は元気だった。 掃除時間のことを訊いてみた。 娘の話からも、確かに娘に非はないように思う。 突然後ろからぶつかられたら、どんなに運動神経が良くとも 前に押されて当然。そこにサッシがあったという偶然は どうにもならなかっただろう。
さてどうするものかと頭を抱えた。 娘の顔に傷。 娘に非はない。 加害者のクラスメートの家に電話でもして文句の一つでも言うか。
いや、頭を抱えることなどない。 答えは一つしかない。 これは誰にでも起こりうる偶発事故で、 たまたま娘が被害者だっただけの話しだ。 もしかして状況が違えば加害者になっていてもおかしくない。 文句を言ったところで傷が消えるわけじゃない。
もしも、もしも、傷が残ってしまったとしても それは娘の運命なのだ。 その傷が原因で娘が潰れてしまっても、 その傷を自分で乗り越えられても、 それは娘の運命。与えられた試練。
その後、娘と話しをした。 追いかけっこしていた男の子二人を許してあげようね。と。 決して狙ってわざとしたことではないし、 もしかして逆の立場になっていたかもしれないから。と。
許せる? の問いに娘は頷いた。 その気持ちは嬉しかったけれど、もう一つだけ付け加えた。
一度、「許す」と言った以上、 後からぐずぐず文句を言っちゃ駄目だよ。 「許す」ってことは、この先ずっとそのことについて蒸し返さないことだよ。 それでも許せる?
しばらく間があったけれど、娘は再び頷いた。 そしてすぐにいつもの無邪気な娘に戻った。
この時だけは娘のおおらかさに救われた。 私には多分、できないことだと思うから。
しばらく私は憂鬱な日々が続いた。 娘の怪我と同時に、春には故郷へ帰れる筈だった 夫の転勤話が白紙に戻りそうだということも重なった。 娘が無邪気に笑うたび、眉に貼られている絆創膏が痛々しかった。
「東風の憂鬱」というタイトルで日記を書くつもりだったけれど あの時点で娘の怪我を日記のネタには出来なかった。
あれから半年以上経って、娘の傷はだいぶ目立たなくなった。 心配していた眉のハゲもできてないし(私の眉には傷でハゲがある) 上下に突き出た傷もパッと見には解らない。
もしも息子が怪我をしなければ こうしてあの時を鮮明に思い出すこともなかっただろう。 それだけ娘の傷は目立たなくなったということ。 ちょっとだけほっとした。
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