あまおと、あまあし
あまおと、あまあし
 夢現 2002年01月20日(日)

窓の外に広がるのは、どこまでも続く銀の海だ。
 それは、風にうねる薄の穂。
 月の光を孕んで、優しく鮮やかに。
 今宵も私は窓を抜け出し、薄野へと歩み出た。
 彼が待っている。私の拙い曲を聴きたいと。

 クラリネットは繊細な楽器で、野原を濡らす露の湿気で音が下がったりもする。
 今宵の風は柔らかいから、少しばかり口元を締めなければならないだろう。
 リードを湿らせながら、今宵はどんな曲を奏でようかと思案しつついると、
 萩の花を揺らして赤茶の頭がひょいと現れた。

 やあ、こんばんは。
 今宵はどんな曲がお望みだい。
 私が聞けば、彼はなぜか思案げに月を見上げる。

 俺は、ただ萩と戯れ、お前の奏でる楽を聴くばかりでよいのだろうか。
 こうして儚い楽しみを追いかけているうちに、忘れているものがあるのではない だろうか。

 さて。私には、お前の事情などわからぬ。
 私がここに迷い込んだときから、お前はこの地で、
 萩を飛び越え薄をかき分け、遊びつづけていたのではないか。
 月は常に天頂に。
 風は強く弱くあるいは冷たく吹けど、雨の降らぬこの場所は、
 いつでも秋の最中のまま。
 現ではありえぬこの場所は、お前の望んだ夢の地なのではないのかい。

 ああ。確かに俺は望んだのかもしれぬ。
 美しきものと楽しきものばかりを追いかけていたいと。
 なれば夢は適ったのか。
 しかし何故、心が乱れる。
 葉先の露に月映るたび、心の焦がれる思いするのか。

 忘れたものはなんであろう。
 彼の言葉に私もまた、もと来た道を振り返る。
 ただ楽しく奏でるばかりに、私も忘れたものがあるのだろうか。
 現と夢の狭間に落とした、本当の望みがあるのだろうか。


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 著者 : 和禾  Home : 雨渡宮  図案 : maybe