| 2002年06月13日(木) |
無駄になったペットボトル |
もちろん、自分の子供のことはちゃんと考えている。日記に書かないからと言って子供のことを考えていないわけではない。
父のマッサージをお願いしている知人を駅に送って行った後、私は脳神経外科に向った。私が勤めている病院に入院していた患者が退院し、少しの間はリハビリに来ていたが、そのうち来なくなった。O君から、どこかの老人ホームに入院したらしいと聞いた。昨日、その家に電話をし、脳神経外科に入院したことを知った。 「お見舞いに行ってもいいですか?」と娘さんに聞いたら、快く「いいですよ。母が喜ぶと思います」と言われた。そのAさんは、薬を飲む時に水しか飲まないことを覚えていたので、私はコンビニでお水のペットボトルを買って行った。そして、面会に行くと、Aさんの状態は思ったより悪かった。食事を全く受け付けなくなっており、Mチューブ(胃に入れる管)が入れられていた。そして、足にも常時点滴が入れられるような管、がバンソウコウで止めてあった。
「Aさん」と声をかけた。「白衣を着ていないとわからないかな?○○整形外科の看護婦のKです」とAさんの目をジッと見ながら話しかけた。Aさんは、私のことがわかるのだろうか。わからなくてもいいと、思った。とにかくAさんとお話したかった。だけど、Aさんは痰がからんで声が聞き取りにくい。耳鼻科に勤めていた頃はすぐに取ってあげられたのになと思う。面会人の私がやるわけにはいかない。 Aさんと少し話しているうちに「もう葬式の準備はすんだのかな?」と小さな声でAさんが言った。「誰のお葬式?」と言ったら「私」と言う。「そんなこと言わないで」と言いながら、泣けて来た。「私はAさんに会いたくて来たんだよ。それなのにお葬式の話なんかしないで。まだまだこれからなんだから。食べられなくなっても管から栄養を入れて、そのうち食べられるようになるかもしれないよ。そうしたら力はついてくるんだからね」と私は言った。だけど、これ以上生きているのは辛いんだろうな。私にはよくわかる。 Aさんはうつ病である。「私はもう要らない人間なんだから」と悲観的になっている。無用に励ましても、Aさんは辛いだけだろう。
「また会いに来るね」と言ったら、ハッキリと「いつ来てくれるの?」と聞かれ、答えに困ってしまった。私もいろいろな問題を抱えているため、確約はできない。 いつとは言えないけど、近いうちにきっと来るね」と言って、ぎゅっと手を握ったら、握り返してくれた。
Aさんに持って行ったペットボトルは無駄になってしまった。 帰る時、車に乗っていっきに飲み干した。
私はいつまでも泣いているわけにはいかなかった。まだまだ難問が私には待っている。
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