いぬぶし秀一の激辛活動日誌

2010年01月04日(月) どうする末期治療by叔父の危篤の報

 ある厚生労働省の幹部に次のような話を聞いたことがある。

多くの人は生涯支払った健康保険料を、死を迎える最期の3ケ月ですべて使い切っても足りなくなる。この、終末医療を見直すことで、健康保険、特に老人医療費は大きく抑制される。

 多分、真実であろう。ただ、それが死と戦っている親族に言えるか、ということだ。また、理論ではわかっていても、はたして実際にその場面に遭遇したら「延命治療を止めて」と言えるだろうか。

 御用始の今日、そんな場面に遭遇した。大田区主催の「新春の集い」で、恒例の30分にも及ぶ、区長の年頭の辞に耐え、暫くすると携帯電話が鳴った。知らない電話番号に出ないでいると、留守電に録音があった。

 どうやら、北関東に住んでいる従弟からだった。「父が危篤です」何!!彼の父、つまり私の叔父は、今から30年近く前に、我々夫婦の結婚式で、新婦をエスコ−トする大役を、親のいない私の為に演じてくれた恩人でもある。さらに叔母は、実の母親と疎遠な私のために、新婦の介添えもやってくださった。この恩は忘れられない。

 叔父は40年以上も経営していた、会社を昨年11月に閉めた、とも聞いた。85歳まで、会社経営の最前線で活躍していた叔父の突然の危篤の報に、唖然とした。

 とりあえず、ほとんど福島に近い病院の救命センタ−に駆けつけると、もはや叔父の意識はなく、苦しそうに息をするだけ。「秀一ですよ!」と声をかけるが、反応なない。

 10分に制限された面会を追え、従弟に話を聞いた。

1月2日の早朝、突然胸が痛い、と言い出し救急車で、救命センタ−のあるこの病院に来た。脳に行っている4本の動脈のうちの1本が胸の中で破裂し、左脳が完全に壊死してしまった。

担当の医師からは、治療をしても意識は戻らない事を説明され、延命治療をするかどうかの決断を求められたそうだ。一度「生命維持装置」を着けたら、家族の意思であっても医師ははずすことは出来ない旨も丁寧に話されたそうだ。

そこで、彼(従弟)の姉が、担当医師に聞いたそうだ。

「もし、先生のお父様が同じ状態ならどうされますか?」と。

30歳代後半の救命病棟担当の若い医師は、

「間違いなく、延命治療は断ります」と、断言されたそうだ。

 最愛の父の死を決断しなければいけない、従弟達、その妻たる叔母の心情。命を守らねばならぬ救命治療最前線の医師の想い等を考えると、涙が溢れた。

 生命とは、医療とは、家族とは、様々な想いを頂きながら、深夜、東京に戻った。

 叔父の延命を、やはり祈らざるを得ない。


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