日曜日、今日で今年の桜も終わりかなあと思ったので、桜見物に行って きた。 行ってきたのは私のお気に入り花見スポット、神田川(早稲田)と、戸山 公園(箱根山)、そして靖国神社である。
元々、散りぎわの桜の花びらが舞い散る桜吹雪の頃が一番好きなんだけ ど、今回はまさしくその状態で、どこの桜もとても綺麗だった。 でも個人的に一番良かったのは、やっぱり神田川、そして箱根山かな。 人もそんなに多くなく、そして何より神田川は、都電荒川線に乗って 目の前に満開の桜の光景がいきなり広がる光景が、やっぱり感動的 だし。
靖国神社は今回初めて行ってみて確かに桜はとても綺麗だし、外苑? の方の屋台がいっぱい並んでいるのも楽しかったんだけど、とにかく 何より人が多くて。 千鳥ヶ淵にいたっては、桜並木の遊歩道に足を踏み入れるのに30分待ち くらいの行列ができていたので、とっととあきらめてしまいました。
初めて靖国神社に足を踏み入れたついでに、遊就館にも行ってみた けど、うーん、正直何だかなあ、と言う感じ。
太平洋戦争までに国のために命を捧げた英霊や軍神(になってしまった 人)の魂を鎮撫することに対し、またその遺族の方たちの心の拠り所に することに対しては、別段異論はないけれど、そこに政治を絡めて しまえば話がややこしくなってしまうのは、あたりまえの事だろうし。
高性能な機体であるにも関わらず特攻にも使われた戦闘機、ゼロ戦に しても、人間魚雷(魚雷の先端に人間を乗っけて操縦させるという、 おぞましい自爆兵器)の実物にしても、そこから感じるのはいかに戦争 という行為が愚かしいものであるのか、という見本のようなもので あり。
それも含めて、彼らがなぜ、望むと望まざるとに関わらず、死を選択 しなければならなかったのか、軍神として奉られなければならないの か、という視点なしに(たとえそうでなくても)彼らの死を賛美して いるようにも見えてしまうのはやはりどこか違和感があるのだ。
なんてことを思ってしまうのも、桜の妖気にあてられてしまったせい なのかも。 いや、さすがにこれだけ桜を見ると、酒も飲まないのにちょっと雰囲気 によってしまいそうになるのである。
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