Number605号 には、もう一人、小川直也のインタビュー記事も載って いて、これも興味深い。
小川直也とは、'92年のバルセロナオリンピックの柔道で銀メダルを とった後に、アントニオ猪木の勧めにしたがいプロレス転向。 その後は新日本プロレスのマットを騒がせたり、総合格闘技に参戦し たりもしていたが、一時期、ちょっと迷走していた印象もあったが、 今年になった「ハッスル」「PRIDE」に参戦するようになってから、 またその活躍ぶりが注目されている選手である。
この記事で、特に興味深かったのは、二つ。 小川の周囲にいる人が、小川直也をどう見ているのか、という点と、 その肝心の小川が、現在の格闘技ブームをどう見ているのか、という 点である。
明大柔道部出身の小川は、今もグラウンド技の練習は柔道からたもと を分かった現在も、意外な事に母校の柔道場で行なっているらしい。 以下、引用。
畳に上がるとまず、小川は学生を相手に乱取りを始める。この世界に 入ってからも、スタミナを維持する練習のベースに小川は一貫して 柔道を据えてきたのだ。
1時間ほど経ち、道着が汗で重たくなる頃、小川はそれを脱いでグラウ ンド技の習得に移る。もちろん、技の下地は柔道の寝技にある。
明大時代、小川に寝技を徹底的に仕込んだのは当時の柔道部監督、 原吉実である(略)。
現在、明大道場で小川にグラウンド技を指導しているのも、この原吉実 である。それに練習パートナーの藤井克久を加えた3人が、上半身裸に なって取っ組み合い、締め技と関節技を研究する。
藤井が小川に弟子入りしたのは1年半ほど前のことだ。当時、パンクラ スのリングに上がっていた藤井は、仲間うちで、 「小川って、やばいくらいに強いらしい」 という噂が飛び交うのを耳にしていた。
やがて小川が練習相手を求めて若手の何人かに声を掛けたとき、その 誘いに応じたのは、藤井ただ一人だった。
初めて小川とスパーリングしたときの驚愕を藤井は今も忘れられない。 技術うんぬんとは別次元の力強さの前に、藤井は身動きひとつできな かったのだ。それまで、トップレベルの評価を受けている日本人選手 と対戦して、こいつ、強えな、と感じたことはあった。
しかし、 「おれってこんなに弱かったのか」と思い悩んだのは初めてだった。 (略)
そして、そんな小川の知られざる一面として、
小川が練習で見せるこうした集中力は、PRIDEの試合があるなしに関係 がない。日頃プロレスのリングに上がるときからそうなのだ。 メニューの中に総合格闘技対策と思える内容が含まれていることに 関しても、 「プロレスラーは何でもやれなければならないから」 という説明に終始する。
また、小川は日頃から乾杯の酒すら口をつけない厳格な節制を行なって いるが、それも「プロレスラーなんだから当たり前」という文脈で片付けられる。
プロレス。 総合格闘技全盛の時代に、「最強」の称号と輝きを失い、何ら特別な 存在たりえなくなったその格闘ジャンルを、小川は今もなお、他の多く の格闘家とは違う視線から見続けているのだ。
最近、あまりTVで闘っている姿を見なくなってからは、何となく、 「小川はもう終わったのかな」なんて失礼な事も考えたり、年末の総合 格闘技大会を結局欠場して以来、「小川もびびってるんじゃないの」 なんて漠然と思っていたわけだが、これを読む限り、そんなことは なかった、という気がするのだ。
それが証拠に、「ハッスル」「PRIDE GP」という活躍の場を与えられて からの小川は無類の強さを見せ、また世に「ハッスルポーズ」を知らし めている。今年の流行語大賞にも、ノミネートされるかもしれない。
コアなプロレスファンならいざ知らず、私のようなミーハーにとっては TV放映されるメジャーな大会に出なくなってしまった選手のことは、 どうしても忘れ去りがちなのかもしれない、とちょっと反省した。
TVで大々的に取り上げられなかった間も、変にくさったりせず、小川 直也は橋本たちと頑張ってたんだろうなあ、と思うのである。 それにしても、プロレスラーというと、暴飲暴食しているイメージが あったのに、記事から浮かび上がるそのストイックな態度には驚いた。
そしてそのストイックさがあったからこそ、今回のPRIDE GPの大活躍が あるんだろうと思うし。 そして、その小川のストイックさを支える原動力が、プロレスへの愛、 なのかもしれない。
ただ単にプロレスラーとして脚光を浴びたいのなら、TV番組でOAされる 新日プロレスに頭を下げてでももう一度入門すればいいのだし、また 格闘家として脚光を浴び、大金をつかみたければ、今最も人気のある、 PRIDEに素直に頭を下げてでも出場すればいいのだろう。 でも小川は結局そういう事はせずに、自分の信じる道をつらぬいた。
それはとても不器用な事だと思うが、その一方で言えばとても格好いい 事だと思う。 というより格好よすぎる。
この記事の中で小川は現在の総合格闘技ブームに触れてこう語る。
「夢がねえなあ」 その思いには二重の意味が含まれている。ひとつは観る者の夢の喪失 だ。(略)
もうひとつは選手が見る夢の欠落である。 小川はUFCに出場している選手の何人かから、 「本当はリアルファイトはやりたくないんだ・・・・・・」 という言葉を聞いた。高額の賞金を得てもそれは一時のことに過ぎな い。選手にだって家族と生活がある。本音は誰もが息長くリングに 上がり続けることを望んでいる。
「みんな、プロレスをプロレスをやりたいのだ」 それが、小川の感じ取った彼らの本音だった。
この小川の語る総合格闘技観と、前回の日記で書いた須藤元気の それが、実に対照的で面白いと思う。 それは、どちらが正しいと言うのではなく、どちらも正しいのだろう と思うのだ。
そして、「強い者を決める闘いはアマチュア時代にやり尽くした」と 常々語る小川にとっては、今回のPRIDE GPは、もっとプロレス的な 文脈で語られる「ハッスル」を盛り上げる、というモチベーションが あったからこそ、再びリングに上がる気になったのかもしれない。
今度行なわれるPRIDE GPの決勝大会で、はたして小川がどこまで勝つの かは、わからない。でも最後の最後まで、小川はプロレスラーとして、 リングの上に立ち続けるのかもしれない。
すべては「ハッスル」と自分の信じるプロレスの未来のために。
ただのミーハーとしては、小川が今後も長く脚光を浴び続け、私たちを 楽しませ続けてほしいなあ、と思うのだ。
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