| 2007年10月18日(木) |
071018_足のたくさんある女 |
昨日から風邪気味という状況をお知らせしたところ、各方面から「こうやって治したら」というアドバイスを多数お寄せいただきました。ありがとうございます。 おかげさまで少しずつ快方に向かいつつあります。
さて、今年の後半で勉強をしようと思っているのが『広場』。都市の中の機能として、広場はどのように整備され、活かされ、利用されているのか。
東京の場合はそもそも建物が混み合って立っているので、立て直すときに建物の建つ面積(建ぺい率)を少なくして敷地の中に余裕を持たせ、その分は上空へ高く建てることを認める制度を活用して、少しでも一階部分は広く使おうという作戦です。
こういう制度を活用すれば、建物が建て替えられれば建て替えられるほど歩道にも余裕ができたり、植物を植える場所が増えるわけ。

そんな風にして、広い場所が少しずつ増えてきていますが、どうもあまり考えて使われているという風でもありません。
外国ならば市役所や教会の前には大きな広場があるものですが、どうやら日本ではそういうまちづくりは国民性が合わないようです。
そこで専門家のお話を聞いてみようということにして、今日はそのお一人に会ってきました。
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すると、日本では土地が狭いと言うこともあるのですが、だだっ広いスペースはなかなかとれず、例外的に取ろうとしたのが、火除け地や広小路などと呼ばれた延焼防止の広場。
しかし火事の直後には広く取れても、いつの間にか庶民もしたたかに少しずつ店を開いたりしてまた狭くなってしまうことの繰り返しだったとか。人が集まると商売になると気付いた庶民は多かったのでしょう。
しかも当時は車がないので、広いとおりはもちろん、普通の辻道でも広場のようにして使えたので、辻沿いに店が連なるという宿場町の形態がごく自然にできあがったのではないか、とのこと。
考えてみるとどうも日本人はだだっ広い場所で安心していられないようで、広場でのイベントも、出店は園路をつくって園路沿いに並ぶようにつくられがちです。国民性なのでしょうか。
しかし最近ではビルの一階のショップの前をカフェテラスにしたり、広場にテーブルと椅子を置くことで憩える場所にするところが少しずつ増えているという印象もあります。
公園のように管理が厳しくなく、地主さんや周辺の人たちとの間で取り決めをして、自由な発想と利用ができるようなスペースがあってもよさそうですし、それは必ずしも公園ではなくてもよいでしょう。 決まりをみんなで決める、民主主義の練習のような場所があっても良いかもしれません。
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同行した一人からも「昔はちょっとした空き地で神社やお寺の縁日があると、インチキな見せ物も良くでましたよね。『ろくろ首』とか『足のたくさんある女』とかね」と懐かしそうな思い出が。
「足のたくさんある女…ですか?それってどんな見せ物なんですか?」 「いや、くだらないんですよ。前口上ばっかり長くってね…ふふ」
「いやあ、気になるなあ、どんなインチキなんですか」 「それはねえ、足もとに鏡が何枚か置いてあって、反射してたくさんに見えるってだけなんですよ。見た瞬間に『なあんだ』って思うんですけど、言えませんよね。怖いお兄さんもいるし…。でも広場っていうとそういう思い出がよみがえりますね」
「足のたくさんある女」なんて、そういうインチキがまかり通るのも案外豊かな暮らしだったかもしれませんよ。
写真は汐留のビル街の広場。宮崎駿の仕掛け時計などもありますが、ここにはそういう見せ物はでないだろうなあ。{/hiyo_face/}


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