| 2007年10月08日(月) |
緑の中から都会を見る |
天気予報は「午前中から雨」とのことでしたが、それほどのことはなく、降っても霧雨程度。こんなことなら出かけることもできたのに。 天気予報の精度にちょっと恨めしく思ったのでした。
昨日は書ききれなかったのですが、夕方になる頃に皇居の東御苑も巡ってきました。
皇居は旧江戸城ということは大抵の方が知っていると思いますが、旧江戸城のあたりが今は東御苑として国民に開放された都心の最高級の緑地空間になっているのです。
東京駅からも至近の距離にある広大な緑の東御苑は写真の黄色い丸の範囲。写真提供はGoogleです。

今日は平川門という門から入りました。入園料はタダです、なんと贅沢な緑であることか。入ってから右手の急な坂を上って行くと見えてくるのが江戸城天守閣跡の石垣です。


江戸城天守閣は、二代秀忠の時代に一応の完成を見、その後三代家光のとき1638年に大改修を行い国内最大の天守閣として完成をしました。 しかしそのわずか19年後に、江戸時代最大の大火である明暦大火が起こり、その飛び火で延焼。以後再建されることはなく、石垣が残るのみとなったのでした。時代はもはや天守閣を必要とする時代ではなくなったということなのでしょう。
今天守石垣の上は展望台になっていて、そこから見下ろすと目の前には大きな芝生の広場が広がっています。かつてはこのあたりは江戸城御殿のたぐいがたくさん建っていたことでしょう。
今では遠くの林の林冠の向こうに東京の超高層ビルが林のように建っています。こういう形で見ると、ビルが多くても全く気になりません。やはり緑は心を和ませます。

※ ※ ※ ※
道を歩いているとかつての「松の大廊下跡」なんていう石碑と看板もありました。忠臣蔵を生んだ因縁の場所はこのあたりだったのですね。

江戸時代、幕末の頃には全江戸の地積は武家屋敷60%、町屋20%、寺院15%、神社5%と概算されていると言われています。このうち、寺社の敷地は門前町と称して、民衆の家も雑然としていたのですが、武家の邸宅地と庶民の住居地は明確に区別されていました。
武家屋敷は屋敷といいながらその多くは緑に覆われていましたから、江戸は世界一緑の多い大都市であったことでしょう。
今に東京に残るまとまった緑のほとんどがかつての武家屋敷の名残であることを思うと、発展ということによって我々は何を得て何を失ったかを考えてみることが大切かも知れません。
高層ビルから皇居の緑を見て楽しむのも良いのですが、かつての江戸城の緑の中から高層ビルを見るとまた違った感慨が得られます。都会との比較の中で、緑をこれだけ意識させてくれる場所も他にはなさそうです。
キンモクセイが香りを放ち始めました。{/kaeru_en4/}
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