掛川奮闘記

2005年11月02日(水) 051102_心の故郷、稚内

 この季節にしては暖かい一日となりました。今日は朝から稚内への日帰り出張です。帰りがちょっと大変そう。

 今日は
■いざ稚内へ
■サハリンのイメージを活かそう
■シーニックバイウェイ宗谷をめざす の3本です。

【いざ稚内へ】
 今日は早朝から稚内への出張なのだが、朝早いため飛行機で行く事が認められたので良かった。札幌には通算で20年近く住んでいるが丘珠空港を利用するのは生まれて初めてだ。

 丘珠空港を8時発の飛行機に乗るには、札幌駅前を6時45分の空港行きバスに乗る。これで空港に到着するのが7時15分で9時過ぎには稚内空港に到着出来るのだから、便利なものである。

 飛行機への搭乗は空港内を自分で歩いて乗り込むので、天気が良くて良かった。

 飛行機は双発のプロペラ飛行機で、50人ほどの定員はほぼ満席。プロペラ飛行機に乗るのはダイビングで与那国島へ行った時以来、久しぶりのことだが、いかにも『飛行機に乗っているなあ』という感じがする。

 いざ飛び立ってみると、札幌上空は晴れていたのだが石狩川上空からはもう曇が出始めて地上の風景を楽しむ遊覧飛行というわけには行かなかった。ちょっと残念。

 私は3歳の時から8歳までを稚内で過ごし、稚内空港の近くの声問という集落にもすんでいた事があるのだが、この空港に降り立つのも初めてだった。

 いろいろな意味で感慨深いものがある。
  

【風とサハリンのイメージを活かそう】
 さて、稚内空港に到着して現地の職員の方の出迎えを受けると、まずはこの12月に送電を開始するという宗谷ウィンドファームを見せてもらうことにした。
 
 宗谷ウィンドファームとは、この地区の悩みの種である年間を通じての強風を逆手に取った、風力発電の一大拠点である。
http://www.eurus-energy.com/project_02.html
 実際の操業開始は今年の12月なのだそうで、今は最終の準備段階のようだが、設備容量5万7千kwのための57基の発電用の風車が遠くに見えるのはなかなかの壮観である。

 聞くところによると、もうこれだけあれば稚内市の通常の電力をほぼまかなえるくらいの規模なのだそうだ。

 余った電力を外に売ることができれば、一大エネルギー供給基地になれる可能性が広がる。

 またここ稚内では水素社会のための研究も行われるのだそうで、余った電力で水素を発生させ、これとサハリンプロジェクトによってパイプラインで運ばれてくる天然ガスを組み合わせた、安価なエネルギー供給基地になるという壮大な構想もあるのだそうだ。

 ウィンドファームの成功を願わずにはいられない。

    *   *   *   * 

 ウィンドファームを後にして、稚内市の地域作りの担当者と都市再生モデル事業の打ち合わせを行う。

 ここ稚内では今年、「『日ロ友好最先端都市』にふさわしい国際交流活力による、にぎわい文化〜最北情景創出調査」という都市再生モデル事業を行っているのである。

 これはサハリン(樺太)に一番近い町というアイデンティティを町のにぎわい、活力増進、都市の魅力アップに上手につなげたいという思いの調査である。

 町の外にいる私などは「サハリンに一番近い町」というのは非常に心に響くので、外にはない格好の地域の特徴ではないか、と思うのだが、実際の町の中はまだまだそこまで考えている市民は多くないのだという。

 まずはこれまでのサハリンから来るロシア人のイメージが船員によって持たされているもので、過去には事件やトラブルも多かったという事で、あまり近づきたくないというイメージが多いのだという。

「改正SOLAS条約を受けた法律が施行されてからは、大分様子が落ち着いてきましたけれど」とは担当者の言葉だが、まだロシアに対する友好的な交流は十分になされていないようだ。

 そこで今回のモデル調査事業の一環として、11月6日(日)に稚内駅前で「サハリン知っとく広場」というイベントが行われるそうだ。

 市内に在住するロシア人の方の協力を得ながら、ロシア料理の無料試食コーナーやサハリン映像コーナーなどのイベントを用意しているという。

 人口4万人となった稚内市には、ロシア料理を食べさせるようなお店もないそうだし、「本場のロシア料理は油が重すぎて日本人の口にはなかなか合わないと思います。ロシア人が日本のピロシキを食べて『美味しい』と言うくらいですから」とも。

 以前鳥取県の片山知事のお話を聞いたときには、「うちには韓国語を話せる県職員が120人くらいいますよ」ということだった。環日本海を意識した国際交流のための素養として、韓国語を勉強する必要を感じ取っている職員が多いのだろう。

 稚内も、ロシア語を話せる職員や市民が多い、というような特徴があっても良いかも知れない。それくらいの覚悟を決めると、外に対する覚悟のほども見えてきそうなものなのだが。 


 掛川にいたときに、当時の榛村市長と、「悩みの種というテーマはそのまま自身を特徴づける要素でもある」、「悩みも自慢も全て平均から大きくはずれるようなものをテーマとして認識して、それが多い事が独自性の高いまちづくりに繋がるだろう」ということを、「テーマの豊かなまちづくり」と名付けた。

 私も、そんなテーマを住民たちと分かち合いながら、自分はどういう町に住んでいるのかを改めて考える事で、問題・課題・自慢や誇りの種を共有するようなまちづくりがしたかった。

     
 アイデンティティがはっきりしている町は得だなあ、と思う。しかしそれを生かすも殺すも、住民の気持ちの結束であり、それを演出出来るかどうかのかなりの部分を行政が担っているとも思う。

 だから「がんばれ、地方自治体!」と応援したくなるのだ。

 がんばれ、稚内!


【シーニックバイウェイ宗谷をめざす】
 午後からはシーニックバイウェイ宗谷を目指した、稚内を中心とした周辺の市町村の観光協会の皆さんが集まってのパネルディスカッションに参加した。

 道を中心としながら、地域の住民たちが自らの発案と行動で、「観光」「景観」「地域」をキーワードにして元気のでる町作りを目指すのがシーニックバイウェイである。

 ここ宗谷の特徴は、稚内、猿払村、豊富町に加え、礼文町、利尻町、利尻富士町という利尻、礼文の島も参加の意欲を示している事である。

 バイウェイという寄り道は、海上の道でも良いのである。

 今のところ、申請を来年の2月に行いたいという目標を設定して、準備を進めているのだそうだ。

 地域の活力は自助努力で行わなくてはなりません。でも我々もお手伝いできることは精一杯したいと思う。

 「室蘭生まれの稚内育ち」の私としては、いくつかある心の故郷が稚内である。故郷が多いという事は共感の先が多いことでもあるのだ。

 がんばろう、我が故郷よ!


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こままさ