掛川奮闘記

2005年09月09日(金) 050909_勤勉ということについて

 九州、四国地方を中心に、台風被害の報道が相次いでいます。被害に遭われた方にはお見舞いを申し上げます。

 さて今日は、
■勤勉ということについて
■今日は重陽の節句 の2本です。

【勤勉ということについて】
 東京から来た知人が今は長岡市と合併した山古志村をなんとかするプロジェクトに参画しているのだという。

「先日その委員会の委員になっていただこうと、前掛川市長の榛村さんに会ってきましたよ」と言うので、「元気そうでしたか?」と訊ねると「以前より張り切っている感じでしたね。きっと時間をもてあましているのではないでしょうか」とのこと。

 あの人の知恵を聴く者がいないとは、なんとももったいないことだなあ、と思う限りだ。

「ところで、榛村さんと会ったのは、掛川にある大日本報徳社の建物の中だったのですが、報徳についてちょっと考えてしまいました」
「なんでしょう」

「二宮尊徳が活躍して救済したのは江戸末期の疲弊した農民たちでした。報徳の教えでは至誠・勤労・分度・推譲という四つの教えを説いていますが、この中で勤労というのは農民にとっての勤労ではなかったかと思うのです」
「それがいけないのですか?」

「いけないということではありません。ただイギリスと比較すると、産業革命で農業に囲い込みが生まれ、農民の多くが工業従事者と変貌していったわけです。そのときに求められるのは農民としての勤勉ではなく工業労働者としての勤勉だったので、だから勤勉はindustriousという単語になっているのです」
「なるほど」

「そこで報徳を振り返ると、尊徳が説いたのは農民としての勤勉であって、工業時代、まして今日の情報化時代における勤勉ということは全く同じに考えて良いのか、それとも今日的な勤勉という価値はかつてとは違うものなのか、ふと疑問に思ったのです」
「うーん、今日の日本の均質化した義務教育の下では、一様になってしまっているかもしれませんがね」

「私にも答えはありませんが、尊徳後の今日の社会に足る報徳精神は誰かが提案しなくてもよいのでしょうか」

    *   *   *   * 

 農村における勤勉と、今日の情報化社会における勤勉とは意味が異なるのだろうか。面白いテーマかも知れないとは思うけれど。
 

 そういえば、一国における農業の必要性について、宇沢弘文先生は「社会的共通資本(岩波新書696)」の中で、「一国の社会的、文化的水準を高く維持し続けるためには、農業で生まれ育った若者の人数が常にある一定の水準にあって、都市で生まれ育った若者と絶えず接触することによってすぐれた文化的、人間的条件を作り出すことは必要である」と述べておられます。

 また個人的体験として、同書の中で「…それまで都会の小学校、中学校で、偏った性向の友人たちの間で育った私にとって、農村出身の友人たちの多くが持っていた大らかな人間性、たくましい生き方、そしてことがらの本質を鋭く見ぬいてゆく知性に、ほとんど衝撃に近い印象を受けたことは今でも鮮明な記憶として残っている」とまで書かれている。

 宇沢先生は、工業的価値観の中で農業や農産物が語られること自体が間違いで、「農村の最適規模という概念は、市場的効率基準に基づいて事後的に決まってくるものではなく、社会的合意に基づいて事前に決められるべき性格のものである」と考えておられるのだ。

 農村を社会的共通資本と見るべき、という考え方だが、今日の日本には受け入れられているとは言い難い状況である。

 幸せな日本の産業構造や土地利用構造はいかにあるべきか。

 今週末は衆議院総選挙です。よーく考えた一票を行使してください。

■今日は重陽の節句
 九月九日は五節句の一つの「重陽の節句」、またの名を菊の節句といいます。 
 次第に秋が深まる今日この頃です。{/kaeru_night/}

    菊の酒あたためくれしこころざし  星野立子 

 


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