| 2005年08月21日(日) |
050821_文明が衰亡するとき |
一日雨でうっとうしい天気。
今日は、 ■古本屋へ… の1本です。
【古本屋へ…】 家の中を片づけようと、押入の中からだいぶ昔から持ち歩いていた本の段ボールを取り出してみた。
家の中のスペースが足りない原因の一つは、開けない荷物がいくつも押入の中を占領しているからで、本などは古本屋に持って行こうと心に決めて箱を開けてみた。
高校、大学の頃に読んだ本などが出てきて懐かしく、思わず読みふけってしまう。
新潮選書で高坂正堯(こうさかまさたか)さんの「文明が衰亡するとき」が出てきて、また読み始めてしまった。
「衰亡論には、不思議に人を惹きつけるものがある」と序論が始まっているように、強大な力を誇った国がやがて衰亡して行く課程を追うのは興味深いものがある。
この本は三部構成で、巨大帝国ローマの場合、通商国家ヴェネツィアの栄光と挫折、現代アメリカの苦悩が語られ、終章では通商国家日本の運命について論を展開している。
詳しくは実際に中身を読んで頂くしかないのだが、ヴェネツィアで言えば、ある技術の成功によって世界を席巻したときに、その技術にいつまでも頼ってしまう守旧的な性格が増大してしまい、世界が向かう新しい方向に遅れを取ってしまう、という点が指摘されている。
いつの世も一時代を画す成功体験は、実は次に訪れる新しい波を乗り越える際には邪魔になってしまうということがあるようだ。
日本が人口増大時に経済的に急成長した成功体験は、人口減少社会の下ではおそらく通用せず、新しいパラダイム(考え方)に転換出来なくては第二のヴェネツィアになってしまうのかも知れない。
それは社会のリーダーもそうだし、国民全体も同様だ。
高坂正堯さんは世界史における司馬遼太郎さんのような存在だったが、残念なことにだいぶ前に亡くなられてしまった。
流行に踊らされずに、いつまでも良い本は読み継ぎたいものだ。うーん、古本屋にこの本は売れないなあ。
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