掛川奮闘記

2005年04月07日(木) 050407_蝦夷人心開拓記の始まり

 札幌の生活が始まりました。これからが私の北海道奮戦記ですが、北海道の人たちの心を耕してゆく、人心開拓記でもあります。

 さて、今日は
■札幌の風景
■私のお仕事 の2本です。

【札幌の風景】
 私の自宅は、札幌市の西区山の手というところにある。

 札幌駅の駅前通と言う、駅から西に向かう道路をひたすら走ると、宮の沢通りというとおりに繋がるのだが、ただ道なりにその通りを行くと、やがて私の家のそばにまで来る。

 駅まで行くには実に単純なコースである。

 駅から家までは直線で約5kmほどである。天気がよければ自転車で十分楽珍なサイクリング程度の距離である。

 掛川のスローライフNPOの事業で、寒空の中を妙齢(妙な年齢)のご婦人方と24kmのサイクリングをしたことを思えば、全くたいしたことはない。

 しかも自転車は掛川の友達に送られたエディ・メルクスとくれば、もう言うことはないだろう。

 早く送ってもらった自転車が届いて欲しいものだ。先にヘルメットとサングラスと手袋を買っておきたいくらいである。

 もっとも、札幌市内にはまだ歩道などに残雪が残っていて、その溶けた水が道路を濡らしていて、この季節はとても自転車で快適なサイクリングと言うわけには行かないのである。

 雪の積もらない掛川の春とは随分違うものだ。

 冬の白さと解け始める頃のぐずぐずした時期を越えるから、北海道の春は嬉しいのだ。

 これが北海道の春である。

    ※    ※    ※    ※

 職場は札幌駅の北側100m程のところにあって、札幌駅からは至近の距離にある。

 だからいざとなれば自転車通勤も十分可能な距離である。早く春が来ないかなあ。

 しかしとりあえずはまだ自転車に乗れないので、バスで通勤をすることになる。

 バスは、家のすぐ前の宮の沢通りにも走っているのだが、これは地下鉄に繋がる路線になっている。

 しかし地下鉄を使って札幌駅まで行くのには大通り駅で乗り換えなくてはならず、あまり便利とはいえないのである。

 そこで10分ほど歩いて、旧国道五号線に出て、ここで小樽から来る高速バスに乗ることにした。
 
 小樽方面から来る高速バスは、家から徒歩10分ほどの「西区役所前」停留所には必ず止まり、ここで乗車するとバスレーンがあるのと高速バスは途中の停留所をいくつもすっ飛ばして走るので、街中までは10分ほどで着いてしまう。

 札幌駅までも20分ほどで到着するので、実に便利なのである。

 終点の札幌駅ターミナル駅から職場までは徒歩7分ほどなので、家を出てから職場の席に座るまでがちょうど40分ほどの距離である。

 バスに乗ると、街中を通る際に札幌時計台の角を曲がって駅に向かうルートを取る。

 札幌時計台は、私の曽祖父が建具家として建築に参加したと言うから、なにか因縁めいたものを感じずにはいられない。

 そんな風にして、札幌の町の中を僕は職場へ通っています。

 掛川の時には通勤時間は車で6分、徒歩で20分というところだったので、通勤時間というものをほとんど感じない生活だったが、さすがにこちらではそうはいかない。

 街中には、沢山飲み屋があるけれど、そのほとんどが一生に一度も行くことのないお店だろう。

 「選べることが豊かさだ」といった人がいたけれど、安易に流されなければ、選べなくたって幸せはある。

 幸せの本当の意味を私たちは分かっているだろうか。今が一番幸せだったことが、次の瞬間に分かるのだ。

 今を幸せに生きられない人は、一生幸せにたどり着くことがないのではなかろうか。

【私のお仕事】
 私の職場は、既に述べたように、札幌駅北口の17階建ての合同庁舎の14階である。

 部屋は北側に面しているので、札幌市の北側がおよそ一望できると言う、すばらしいロケーションである。

 私の所属課は開発調整課という名前の課である。

 開発という文字を取り除けば、調整課ということで、道路や河川などの具体の事業課ではなく、それらの事業間にまたがるような調整の仕事や、あるいは他の部門に属さないような特殊な分野を担当するのが仕事である。

 仕事の範囲も幅広で、調査費を使って明日の北海道のためになるような調査を行ったり、観光や景観評価、事業評価、ツール・ド・北海道、オートリゾート…などなど、実に幅が広いのである。

 なかでも今年一番の目玉は、冷熱輸送というもので、これは苫東から氷を運んで首都圏にもちこもうというプロジェクトである。

 これはまたいずれ詳しく述べたいけれど、暑い夏の首都圏を北海道の氷が冷やすと言う壮大なプロジェクトで、なかなか興味深いものがある。

    ※    ※    ※    ※

 座っていると、古くからの知人が面白がって訪ねてきては、「やあ、いたいた」と声をかけてくれる。古い友達はありがたい。

 私の本を40冊も買ってくれた知人のNさんもやってきて、「僕の知人が一度ニセコ町で榛村市長さんの講演を聞いたんだそうですよ。それが印象的だったらしいんだけど、『今度その市長の下で助役として働いていた小松さんが戻ってきていますよ』と言ったら、『是非紹介してください』と言っていましたよ」とのこと。

 何はなくとも、とにかく知人のネットワークこそありがたいものはない。

 「面白そうな人は沢山いますか?」と訊くと、「へへ、いますよ〜」とのこと。

 私の人生の一番大事な数年が始まる。あと数年間のうちに、自分の本当にやれること、やりたいことが決まるのだ。

 人生は短い。今を一生懸命行き続けるからこそ見える何かがあるはずだ。

 途中で止まったらたどり着けない何かもありそうだ。

 さてて、行き着いた地球の果ては四角になっていて海が滝のように落ちているのかな?


    ※    ※    ※    ※

 鬼雅が、公募されているコンテストに応募するための作品を仕上げたそうだ。

 原稿用紙で200枚と言うことだったが、とりあえず私の手元に84枚分の前編相当分だけが届いている。

 テンポもなかなか良い。早く後編が見たいものだ。

 鬼の編集者になって、ガンガン言いたいことを言ってやりたいのだo(^ー^)o。




 
 
 


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