| 2005年03月31日(木) |
050331_掛川奮闘記、涙の最終回 |
いよいよ掛川最後の一日です。歴史的な一瞬に立ち会えてよかったなあ。
さて、今日は ■派遣職員への辞令交付 ■退職者辞令交付指式 ■閉庁式〜四役退任式 の3本です。
【派遣職員への辞令交付】 朝一番に派遣職員への辞令交付。
今回は、県と磐田市から来ていた二人が帰り、市職員から二人がそれぞれ県と磐田市へ行くという、四人の人事があるのである。
県から来ていた鈴木君は、市長から在任中の感想を問われて、「職員はがんばっていますし、レベルも高いと思いますが、過去に建築基準法上の解釈を拡大解釈したようなことがあって、後輩職員が苦労しているようなことがありました」とのこと。
法律の解釈は、ぎりぎりのところで公平性を前面に押し出さないと、後々不公平が露呈してしまう。
市民に対して希望をかなえてやりたいという思いは、ときどき法律の解釈や運用を拡大しがちである。
公平な行政と、血肉が通った行政との狭間で苦しむところだろう。
【退職者辞令交付指式】 太田原部長を筆頭に、49人の退職者のうち出席者に対する辞令交付が行われた。
長い人では40年以上も奉職した市役所を去る気持ちはいかばかりか、とも思うが、これもまた世の常である。
皆さん、お疲れ様でした。これからもよき市民、県民として地域の発展にご尽力をお願いします。
【閉庁式〜四役退任式】 終業時刻の午後5時15分から、掛川市役所の閉庁式を行った。
市長の挨拶からだが、今日一日だけで、何度挨拶をすることか。
つづいて議長挨拶、そして市旗の奉納が行われた。伝統ある掛川市のキキョウの旗の見納めである。
最後に鈴木収入役による手締めを行った。手締めは三本締めである。
ややテンポの速い、そして力強い三本締めでありました。
こうして昭和29年に市制を施行した掛川市の幕が降りました。ご苦労様でした。
※ ※ ※ ※
さらにその後に引き続き、四役の退任式が行われた。
残る市職員を代表して、中山礼行生涯学習教育部長から送辞が述べられた。
私に対しても、スローライフでの思い出や蕎麦打ちなどのエピソードを盛り込んでくれた、過分なる言葉であった。ありがとうございます。
現行掛川市の最後の特別職の四人からもお別れの挨拶が行われた。
市長からは「当時反対もあったけれど、三本締めを流行らせたのは私なのです」というエピソード紹介。
続く私からは、「在任中に大地震が来なかったことで今やっと肩の荷が下りた気持ちである」ということを述べた。
この日も家ではうちの奥さんが引越しの荷造りをしてくれているはずなのだが、防災服とヘルメットだけは最後の一瞬まで出せるようにしてあったのである。
いつでも駆けつける、という責任からやっと開放されたというのでほっとしていると言うのが正直な気持ちである。
あとは、市長さんをはじめ多くの市役所職員に支えてもらった3年間へのお礼に尽きる。
本当にありがとうございました。
挨拶の最中に、会場の後ろのほうで蕎麦研のメンバーの姿が見えたり、職員の中にも泣き出しそうな人たちがいて、こちらもこみ上げるものがあった。
この感情はいったいなんなのか?寂しさでもあるし、別れの悲しさでもあるし、また別な意味では一つの市が解散して新しい市になろうとする歴史的な一瞬でもあるのだ。
最後に4人してそれぞれに花束をいただいて、職員の中を歩いて通り終えた。
振り向いて一礼したのが私の最後の気持ち。ありがとうございました。
掛川でいただいたご恩にはいつか必ず報いるつもりで日々の仕事にまい進してゆきます。
最後に深く息を吐き出したのはため息ではなく、安堵の一息だった。
※ ※ ※ ※
退職者の皆さんとの懇親会を終えた後は家にて最後の引越しの荷造り。
何しろ明日1日の午後には荷物を取りに業者さんが来るのである。
夜遅くまで引越しの荷造りは続く。こういうことにはやはり引越し慣れしたうちの奥さんは頼りになる。
それにしても、単身生活だと言うのに随分ものが多い。もう少し簡便な生活をしなくてはだめですね。
引越しはいろいろなことがらを流してくれる良いきっかけでもある。
見も心も引き締めて、昨日とは違う自分になろうではないか。
さて、2年間にわたってご愛読いただいた掛川奮闘記は一応今日で最終回となります。
多くの激励とご批判に感謝申し上げます。
さて、次の新しい企画が始まるまでは同じアドレスで「掛川奮闘記外伝」が続く予定です。
この日々の積み重ねがあればこそ、「掛川奮闘記〜スローライフと生涯学習の真髄」という本の出版にこぎつけられたのだと思います。
日日の積み重ねが以下に大事であるか、と言うことを改めて身をもって感じました。
どうか皆さんも、いつか自分から情報発信を出来るような素材を集め続けてください。
多くの掛川の皆さんからの第二、第三の掛川奮闘記が登場することを願っています。
そうして、わが町をネタにした人のつながりの輪を大きくして行こうではありませんか。
ではまたいつか、お会いいたしましょう。
どこでって…?それは…、ねえ…(^-^;)
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