| 2005年03月04日(金) |
050304_議会二日目〜経済建設部送別会 |
今日から一日半の議会一般質問です。私も市長の補足答弁の機会がありますが、答弁もこれが最後です。 しっかりやらなくては。
さて今日は、 ■2月議会一般質問二日目 ■NEC工場の見学 ■初稿チェック ■経済建設部主催助役送別会 の4本です。
【2月議会一般質問二日目】 現行掛川市最後の一般質問が二人の議員から行われた。
市長の答弁もやたらと丁寧で、時間があっという間に過ぎていった。
東堂議員からは、「魅力ある町についてどう考えるか、三年間の経験を踏まえて感想を聞かせて欲しい」という質問が出された。
私からは、一つ一つ積み上げてゆけるインフラ整備のような魅力の積み重ねがある一方で、魅力のある状態を維持するということがあるとお話しした。
野球で言えば、数の減らないホームランや打点に対して、シーズンを通じて状態を保って行く必要がある打率のようなものである。
魅力のある町とは、静的なものではなくて、ダイナミックな魅力のある状態を動的に維持している町なのではなかろうか。
「人づくり」の時は終わり、これからは「人づかい」で行こう。「掛川は人使いの荒い町」で良いではないか。
「まちづくり」の時から、「まちづかい」で行こう。まだまだ町は使われていないではないか。
そうして多くの市民の共感と参加が得られ、それらが情熱になって行くように期待したい。
これが私からの答弁であります。新掛川市への期待を込めてエールを送ったつもりである。
ありがとうございました。
【NEC工場の見学】 午後に時間が出来たので、市役所のすぐ近くにあるNECアクセステクニカの工場を見学させてもらう。
それまでにもここの常務からお世辞半分に「一度視察に来て下さい」と言われていたのだが、生返事でいたものを本気にしたのである。
ここでは現在、パソコンのディスプレイ、インターネット通信のTA、ルーター、オフィス用のコピー複合機、携帯電話などが作られている。
なかでもモデムは最近買い切りではなくレンタルシステムが一般化して、その需要が大きいという。この工場で全国のシェアの50%以上を押さえているのだそうだ。
ここの年間の工業出荷額は平成15年度が2167億円だったのだが、今年は携帯電話が大変で出荷額が1700億円程度に止まりそうだという。随分と波も大きいのだなあ。
※ ※ ※ ※
工場を見学させてもらって驚いたのは、今の製品組み立てというのは、一人が幾つかの行程を複数行って次の担当者に渡すという作業でやられていると言うことである。
私のイメージとして、現代の工場などと言うものは、全く全自動化されているものだとか、もしくは人間が機械のように単純作業を強いられているのではないか、と思っていたので意外であった。
組み立てラインは、大体3〜4人の担当者が並んでいて、順番に作業が終わったところで次に渡すという形はそういままでのイメージと大差はない。
しかし、印象を替えたのは、一人一人が複数の作業をこなす中で、隣の準備が出来ていなければ、迎えに来るまで隣の人の行程を続けるというシステムになっていたことだ。
これを応受援システムと工場の方は名付けていたが、これが今やあちこちの自治体から視察要望が強くなりつつあるのだそうだ。
工場の組み立てのための台は、全て工場の中にいる専門の担当者がイレクターと言って、事由に形を作ることが出来るパイプを利用していて、ちょっと驚きである。
よく聞けばパソコンなどは任期が持つ期間がわずか3ヶ月くらいしかないので、まともに工場が専用のラインなどを作り始めると、ラインが完成した頃には作れる製品が売れなくなる、と言うこともあるようだ。
しかもイレクターにも斜面を転がるコロなどをつけて、スイッチ一つで一部分が動いたりするのである。
これが企業秘密の大きなポイントである。
NEC工場とは、ぎりぎりになってからやっと来れました。ありがとうございました。
【初稿チェック】 やっとできてきた本の初稿をチェックする。
見れば見るほどに、文章のアラが見えてしまって、思わず赤を入れまくってしまう。
時間の余裕があって、じっくり作業しても良いのならば修正を重ねた方が良いのだが、ここへ来ての修正多数は帰って修正時にミスを出しやすいという心配もあるようだ。
修正はほどほどにしつつ少しでもマシな日本語にしようと、誤字脱字、表現などについて、鬼雅との懸命のダブルチェック中なのである。
挿入する写真もほぼ決まってきたが、細かなキャプションを入れたり、微妙な作業の繰り返しは、気力が尽きかけるものだ。
今回は約40数編の文章を集めて、様々な角度からの私の掛川観が描かれているものになっているのだが、最後にもってきた文章の、最後の一行が決まらなくて苦しんでいる。
「ここまで書いてきて、これかよー」と言われたくもないのだが、ここへ来ていろいろな思いが頭をよぎってしまって、修正しているその日の思いまでが文章表現に微妙に影響してしまっている。
皆があまりに「寂しいよぉ」などと言うので、だんだん自分の各文章も寂しくなってしまっている。
これなどは鬼雅から、「小松さん、今はちょっと頭を冷やして下さい」と言われる始末。あと本当にもう少しなのだ、頑張ろう。
【経済建設部主催助役送別会】 経済建設部の主幹以上による送別会が催された。
経済建設部はなんと言っても市内のインフラ整備から農業・商工業などの経済分野も担当する一番大きな部である。
助役が二人体制の時は、国から来た助役はこの経済建設部を主に担当するというのが役回りだったのだが、一人助役となり市政全般を見ることが出来るようになってからも、やはり一番関わりが多かったのは、この経済建設部であった。
都市計画課、土木課、下水道整備課、農政課、区画整理課、商工観光課という各課にはそれぞれ個性ある職員が集まっているが、技術屋の多いこの部では、ひとたび災害が起きようものならば、瞬時に職員が集合し、夜遅く、いや朝早くまで災害の被害状況確認や復旧などに飛び出してくる職員ばかりである。
昨年11月に遠州地方を襲った集中豪雨で、私も新幹線の中に5時間缶詰になったことがあったが、朝4時に着いた駅から市役所に直行してみると、部長以下課長、主幹の職員らが勢揃いしていて、頼もしかった。
農政課で大井川用水関連で冷や汗をかいたり、まちなか再生の再開発事業では何度もプランを練り直したり、都市計画課と土木課で合併関連南北道路の構想を練ったり、商工観光課で塩の道会議で苦労したり、区画整理で保留地の販売に工夫したりと、やはり苦労も多かった分、思い出も深いでものがある。
職員の何人かは4月にこの部を離れて行くことになるが、ここで一緒に同じ目標に向かって歩んだということをお互いに心の中に刻み込んで、明日に向かって進んで行きましょう。
色紙やら多くの記念品もいただいて感慨無量である。
最後は泣かんようにしてくりょ。僕も涙もろいもんで。
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