| 2005年03月01日(火) |
050301_見返り観音と白蛇様 |
そろそろ毎日飲み会が続くようになりました。名残惜しいと、つい夜も深まってしまいがちですねえ。
さて今日は、
■病院経営会議 ■見返り観音・白蛇様 の2本です。
【病院経営会議】 病院経営会議を行った。
今年度12月までの決算の数字は前年度に比べてなおいっそう苦しさを増している。
一番の根源は医師不足である。4月からはさらに医師が何名か市立病院を離れるということが決まっているようで、4月以降もさらに厳しい状況が続きそうだ。
この医師不足という状況は掛川だけではなく、周辺の病院がみな抱えている問題で、閉科と言って診療科目をなくしてしまう病院も相次いでいるのである。
病院にとっては、なにしろ医師がいなくては患者をたくさん診ることができず、いきおい経営も苦しくなってくるのである。
医師不足の理由は、いろいろあるが昨年4月から来年3月までの「新医師研修制度」によって医師が二年間指定医療機関で研修を積まないと医師として働けないという制度の途中にあることが大きい。
このことで全国的に医大の医局から医師を帰して欲しいという「医者はがし」が地方病院に及んでいて、これが不足に輪をかけている。
また急性期治療に腕をふるいたいという意欲の高い医師ほど、難しい症例や病気の経験を積みたいもので、そういうチャンスは都会にあるのである。
また地方の公立病院では夜間当直も多く、掛川市立病院でも一月に4日ほどは当直にあたるし、ひとたび医師が体調を崩そうものなら休むこともできないという、医者の不養生を地で行かされるようなことにもなっている。
お金ではなく自分が好きで得意な医療領域だけを都会でやれていればそれでよい、という医者も増えてきて、ますます地方には医者が行かないわけである。
厚労省の役人的に言えば、「全国的には国民一人あたりの医師の数は欧米に追いついたので、もう医師をこれ以上増やす必要はない」ということになるのだろうが、「医師の都会への偏在」は解決できているわけではなく、一定期間地方勤務を義務化するくらいの強烈な行政指導がなければ、一朝一夕には偏在も解消しないだろう。
※ ※ ※ ※
こういう状況下にあって、掛川病院やそれを支える市民としてはどのような解決方法が考えられるだろうか。
病院側はもちろん、医師の確保が絶対の努力目標となる。医師がいなければ入院しても診られないとか、医療チームが編成できないとか、とにかく不都合が多すぎる。
医師を増やして医師の労働超過状況を改善し、高度な医療が適切に果たせるようにしなくてはならないのだが、その医師が不足している状況にはいかんともしがたい状況である。
一方で、患者の側にも「上手な病院の掛かり方・生かし方」がある。
慢性のような症状の固定したようなものだとか軽い病状は、町医者(診療所)にホームドクターになっていただいて、日常的な健康チェックをしてくれる先生を見つけておくことである。
市立病院は、急性期の病院として地域医療の核となる医療施設として活かすためにも、上手に使わないと行けないのだ。
市立病院は、単に診療科目が同じところにたくさんある、メディカルモールのような便利な病院の集合ではなくて、救急などにも対応する総合病院である。
患者さんの方にも生活の知恵をもってもらわないといけないとは、日本の地域医療の現実は厳しい。 医は仁術なのだ。
【見返り観音・白蛇様】 藤田鉄工の若社長をお訪ねする。
以前にも紹介したが、市内の藤田鉄工は鍛造においては世界的メーカーなのであって、エンジン部品などにあっては世界的に注目されている会社なのである。
先日もイギリスの自動車会社や、ドイツのチェーンソーメーカーから商談が舞い込んできて、ラインを専用に作るためにはそれなりの安定的な契約が必要だという交渉をしていたのだとか。すごいもんです。
ところで、この藤田鉄工所の先代の社長のお話になるのだが、この会社には見返り観音の仏像と白蛇様という二匹の蛇がとぐろを巻いた像があるのだという。
以前から若社長に「一度お参りに来てみてください」と言われていたので、空いた時間を使ってお訪ねをした。
これらの二体の像が飾られているお堂は本社の東側にたてられていて、ほこらの中に安置されていた。
せっかくの機会なので、祠から取り出して拝ませて頂いたが、見返り観音像は確かに足の向きを基準にすると、上半身と顔が左側を振り返っているようなお姿をしている。
これは地域で祀られていたものが一度洪水で流されてしまったものを、先代が見つけ出して大事にお守りしていたのだとか。
また白蛇様の方は由来が分からないものの、やはり白い蛇というのは演技がよいと言うことで祀っているのだそうだ。
またこれには因縁話もあって、先代が大東亜戦争に出兵していた際に、硫黄島での戦闘になり、もはやこれまでと自害寸前になったところをこの二体の像が現れて、導かれるままに助かって帰国することができた、ということなのだそうだ。
藤田鉄工では毎月浜北からお坊さんに来て頂いて、お参りを欠かさなかったところ社業も好転して今日に至っているという。
霊験あらたかなお話がここにもあった。掛川は豊かな話に満ちている。 合掌
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