掛川奮闘記

2004年12月28日(火) 041228_40代の時代

 今日から札幌へ。そういえば、羽田空港のシステムが変わったとか言っていたなあ。

 さて、今日は
■羽田第二空港ビル
■札幌へ〜北大小林研究室 の2本です。

【羽田第二空港ビル】
 朝から羽田空港へ向かう。

 私はポリシーとして北海道へ帰るときはエア・ドゥしか使わない主義なので、今回もエア・ドゥで飛行機を取っておいた。

 北の翼、エア・ドゥができたときに「マイレージが付かない」とか「不便だ」とか、「飲み物も出ない」などと言って乗らずに結局ANAに吸収されてしまったのは北海道として一生の不覚だったのだ。

 あれをつぶしておいて、なにが「道州制」もあるものか。

 北海道の意地をエア・ドゥで示すことができなかった道民への訴求力のなさというか、道民全体の愛郷心のなさを、我々道民は一生の恥としなくてはならない、と思っているのだが、回りの反応は相変わらず鈍い。

 この鈍さがなんとも面映くて仕方ないのだが、まあいいさ、自分ひとりの贖罪と意地としてエア・ドゥを使い続けているのである。

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 さて、12月1日から羽田空港のシステムが変わって、今までのビッグバードと呼ばれた羽田空港ターミナルは羽田第一ターミナルビルに変わって、今回新しくできたターミナルビルが羽田第二ターミナルビルに変わったのである。

 今回のシステム変更で、エア・ドゥは第二ターミナルからの発着となるとのことだが、浜松町からのモノレールも駅名が第一ターミナル、第二ターミナルと変更になっている。

 第二ターミナル駅を降りると、第一ターミナル駅のそっくりの風景である。手を抜いたと言うわけでもなかろうが、機能性を追及すると同じような設計になったと言うことか。

 出発ロビーは二階だが、エア・ドゥは一番奥にあってサインが見づらい。以前にも「サイン計画は新幹線品川駅に学べ」と述べたことがあったが、羽田空港のサイン計画は残念ながらその域には達していないようだ。

 全体に文字が小さくてスケール負けしている。デザインを第一ターミナルにあわせた関係でそうなってしまったのかもしれないが、私としては「残念!」である。

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 手続きを済ませてビル内を一応端から端まで、下から上まで歩いてみたが、難点はお土産やさんのバリエーションが少ないこと。
 
 東京ばな奈はあるのに、私のよく買い求めるHIROTAが入っていないのよ〜(;O;)

 こちらも利用を増やして、より多くのお土産やサンに進出をしてもらわなくてはなるまい。うーん、まいったなあ。

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 また、エア・ドゥの発着ゲートが今回は端っこの55番ゲートだったが、これがまた手荷物検査場からも遠い遠い。

 10分くらい歩いてやっとゲートまでたどり着いて、その入り口からさらに飛行機までもまだ数分歩く。
 
 これは、時間ぎりぎりに羽田空港の駅にたどり着くようでは間に合わないだろう。相当な時間的余裕を持ってゲートに着いていなくてはなるまい。

 皆さんお気をつけて。

 飛行機は出発が30分ほど遅れたものの、飛行は順調で無事新千歳空港に到着。気温がマイナスで今日は真冬日とか。

 道路は凍ってカチカチ。寒いわ〜。


【札幌へ〜北大小林研究室】
 札幌では、古巣の北海道開発局へ一通り挨拶をしてから創発で北大小林先生のお部屋へ向かう。

 夜はこちらの教室での忘年会と言うことで、こちらにも呼ばれて学生さんやこの教室のOBの社会人の皆さんたちともお会いをする。

 こちらの教室を出たなかには、道庁やコンサルタントなどとして北海道のまちづくりを一生懸命やっている方が多くて、話が弾む。

 以前から「道庁にはKさんというすごい方がいらっしゃるんですよ」という噂を聞いていたのだが、今日はその方にも会えると聞いてわくわくしながら参加していたが、実際あってお話を聞くと、年齢も同じで浪人経験も同じ。

 北大同期で教養時代私が16組にいたという話をしたところ、「じゃあ、SやT、Yも知っていますか?」と聞かれ、なんと20数年ぶりの懐かしい同級生の名前を出された。

 「学部以降は余りあっていないけれど、クラスにいたことは覚えていますよ」と言うと、「なあんだ、そうか、いやすごく近く感じますよ。そうかー、Sとおんなじクラスなんだ、はっはっはー」と打ち解けてくれた様子。

 「いや、私も今回は小松さんが来るかもしれないと聞いて、『すごい人が来るんだろうなあ』と緊張してたんですよ。なんか、近く感じちゃうなあ」ともう、お互いに旧来の友達のよう。

 聞けば、このKさんだって、道庁の優れものの一人として大活躍をしているとのことで、こちらのほうが緊張をしてしまうくらいである。

 なんにしても、念願かなってやっとお会いできたので、これからもさまざまな場面でお付き合いをお願いしたいものである。

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 また、学生さんたちも行政に身をおく立場の人間の声や意見を結構興味深そうに聞いてくれた。

 やはりここでも、掛川のまちづくりは有名で、ここの助役ともなれば聞きたいことはたくさんあるようだ。

 改めて掛川の影の実力をこういう形で知るのであった。

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 気づけば時計は夜の12時を廻っている。楽しい時間は過ぎるもの早い。

 今日もまたたくさんの人と会うことができた。こういうことを積み重ねてこそ、その先が見えるというものだ。

 来年も、こうしてよりたくさんの人と出会いたいものだ。




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こままさ