| 2004年12月19日(日) |
041219_交流の先にあったもの |
関東の冬らしい好天といいながら、例年の冬に比べると気温が高くて変な感じです。今日も半袖でいられるとは…。
さて今日は、 ■日本・ブラジル交流in大東町の集い ■鷲山邸での交流会 の2本です。
【日本・ブラジル交流の集い】 朝7時半に蕎麦研メンバーに道具を取りに来てもらい、そのまま大東町農業改善センターへ向かう。
今日はここで、「日本・ブラジル交流の集い」が催されて、東京外語大学の一年生たちによるポルトガル語の桃太郎が演じられるのである。
またそれ以外にも、日本とブラジルの文化交流を行い、午後の一時を交流で過ごそうというのである。
そこで我々蕎麦研にも交流の一環として手打ち蕎麦をふるまって欲しい、という要請があって、お引き受けをしたという次第である。
今回は、森町の地域興しで有名なTさんとご一緒できるということもあって、喜んで参加させて頂いた。
Tさんは、チンドン屋から貧乏神を追い払うことまで、世の中に笑いを振りまきながら、蕎麦打ち講習の講師まで行い、蕎麦打ちのほうも一流というすごい人なのである。
しかも今回は粉の手配から冷や掛けの汁作りまでをTさんにお願いしてしまったので、我々としてはある程度の量の蕎麦を打って、茹でて盛りつけるという、案外お気楽なイベント参加の形になったのである。
しかも、お手伝いも大東町戦国汁の皆さんから、Tさんのお弟子さんたち、さらには大東町の国際交流関係で今回のイベントを企画した一団の皆さんまで随分と揃い、心強い限りである。
さて、それでは若手に充分練習をしてもらいましょうか。
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蕎麦のほうは、半分をTさんのお弟子さんたちにお願いして、我々は予定の全体の半分の量なので、15kgくらいを打てば良かったのである。
わが蕎麦研のメンバーたちも練習の成果もあって、最近は蕎麦の細さも揃ってきて、出来上がりは上々の腕前になってきたようだ。
技術的には長さを限界まで出すことと、手早く短時間で打ち上げるということが課題だが、最初始めた頃に比べると、腕は格段に上がっている。
しかも大量に振る舞うという、「茹で」を伴う一連の流れもほぼ身に付いていて、それほど細かな指示を出さなくても役割を補いながら動けるようになっている。
随分と頼もしくなったものだし、のし台を始めとして道具も揃ってきた。段々これ以上教えるようなこともなくなってきたかな。
あとは汁作りのレシピのこなし方と、更科粉の打ち方、イベントの多様性を経験して行けば、地域でのイベント要請には充分応えられる集団になったような気がする。
これから先は、もっと多くの団体が集うようなイベントに参加して武者修行をするような方向も考えられるが、このあたりにはその手のイベントが少ないのが残念だな。
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ブラジル交流会は、ブラジル人が75人、日本人の一般来場者が44人、その他関係者などが集まって全部で300人弱という皆さんがこの会を楽しんだ。
関係者の皆さん、ご苦労様でした。
【鷲山邸での交流会】 農業改善センターでのイベント終了後には、地元出身で東京学芸大学の鷲山学長のお宅で、関係者有志が集っての交流会に参加した。
今回の企画を実質的に行った、東京外語大学の女性教授谷川さんがこの鷲山学長さんの奥様ということなので、鷲山先生の地元のお宅で交流会なのである。
「すごい大邸宅ですよ」とは聞かされていたが、実際にお伺いをしてみてその素晴らしさに驚嘆する。
いわゆる日本家屋ということでは、市長のお宅や竹の丸、などと同じで、土間があって、へっついがあって、天井が高く太い張りを巡らした小屋組の純日本家屋であるが、実に大きい。
しかも、少し前に古くなったところを手直ししたとかで、階段が瀟洒に作られていたり、二階にはゼミ室空間もあるなど、近代的洋間空間も整えられている。
「この手直しだけで、普通の家が二軒建つくらいのお金がかかっているそうですから…(^-^;)」と言うだけあって、ごりっぱである。
奥には8畳の和室がいくつもつながって田の字になっていて、ひろびろとしている。庶民としては昔の豪農、豪商は力があったんだなあ、と唖然としてしまうのである。
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交流会は中国から日本に来られた劉さんによる二胡の演奏から始まり、芋汁で歓迎される。
大東町の国際交流協会の皆さんや、今日お手伝いをして頂いた戦国汁の会の皆さん、それに役場、教育委員会など40人くらいが酒を囲んで懇親を深めました。
我が蕎麦研からは私と、事務局長のS君の二人が参加したのだが、参加者からは「蕎麦を打っていた女性たちも来るかと思って楽しみにしていたのに…(^-^;)」と残念がられた。
こういうイベントの後の交流会というのが実は味わい深いもので、今日行ったばかりのイベントを肴にして、反省やら笑いあったりすると日中に挨拶をする以上にお互いにうち解け合うものなのである。
私も「もう少し強く、参加してみたら」と促せば良かった、と悔やまれた。
多少の誇張を加えていえば、この交流会の話の肴にするためにこそ日中のイベントがあったようなもので、これに参加しなければ、実にもったいないとも言えるのである。
日中のイベントに参加したものだけに与えられる交流会の切符であり、汗をかいて交流会の参加資格を得たのだから、これは行使すべきだったなあ。
交流会には、鷲山学長さん、奥様の谷川教授、町議会議員といった偉い衆から、酒蔵の元締めから、とにかく多様な皆さんが集まって和気藹々と過ごすのだ。
この中で少しでも会話をすれば、ハートが触れあう人同士はたちまち意気投合してしまう。
いくら偉い衆でもハートの触れあわない人もいるし、逆に芋をすっているおじさんに熱いハートを感じて感動することもしばしばである。
こういう「出会いが楽しい」という感性を磨いて欲しいもらえば良かった。
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私が蕎麦を打つのも、蕎麦を打って仲間が集って、作ったり食べたりして行く中でたくさんの出会いがあるからである。
そうして出会いの先には新たな出会いがあって縁はどんどん繋がって行くのだが、幸せはその先にあるのではなくて、実はその出会いがつながる過程にあるんだな。
酔っぱらった最後は単なる親父同士が握手したり、抱き合ったりしておしまい。その笑顔がいい。
良いったら良いのである。合併話がなければこんな出会いもなかったことだろう。
大東町もええとこやね。
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