| 2004年11月16日(火) |
041116_最後の合併協会合 |
一日の遅れがなかなか取り戻せない、奮闘記です(^-^;)。大体書き始めるのが夜12時からですから、二日分を記すのが無理は無理なのですが、誤変換の嵐にはご容赦を。 さて、今日は ■11月市議会全員協議会 ■最後の合併協 の2本です。
【11月市議会全員協議会】 議会のない月は、市議会議員全員と情報交換、意見交換をして意思の疎通を図る。 市長に言わせると、「議会の役割として結果の監視ということは良くあるが、こうして意思疎通を図ることで、『行政の執行過程への参加』をしてもらうことになるのだ」とのこと。
当局としても、途中段階で議員さんからの意見や批判などを、市長始め幹部同席で意見交換が出来るので、職員も行政の進め方を修正も効くというものである。
こういうことが、「情報公開」だとか「説明責任」などということを当たり前に行う行政なのだと思うのである。
※ ※ ※ ※
今日の当局側からの報告事項は、冒頭に先の集中豪雨の被害状況について。
毎正時単位での時間雨量が78ミリという報告を受けていたが、10分単位で分析してみると、富部という地区のデータでは22時20分〜23時20分の一時間当たりで102ミリの雨量があったとのこと。
市役所の観測データでも、22時10分〜23時10分で91ミリということである。やはり最近の雨の降り方は荒れてきて、どしゃ降りの程度が年々激しくなってきていると言えよう。 自身ばかりではなく、水害にも気を引き締めたいところだ。
※ ※ ※ ※
つづいてはハザードマップの作成・公表と、低・未利用促進モデル調査の報告について。
前回経済建設委員会で意見交換をした内容について、全員協議会で改めて議員全員に伝えたものである。
ハザードマップをよく見ると、市長のお宅の裏山も土石流危険渓流と土石流危険区域のマークが打ってある。
市長が話しかけてきて、「裏山は湧き水が出る良い条件なんだけど、そういうところはこういう危険性もあるということなんだな」と言う。 「市長さんのところは崩れたことはないんですよね」と言うと、「ないねえ」とのこと。
この区域指定の判定は等高線の傾斜による地形解析と現地踏査からなされているものなのだが、議員からは「指定がないけど、過去に被害の出ている箇所もあるように思うので、別途見てみて欲しい」という要請もあった。
確かに、これに載っているからと言って不安に思う場合もあれば、載っていないからと言って安心してしまうと言うこともあるかも知れない。
今回成果をベースとして、さらに充実が図られるのは当然だろう。防災と減災の意識を持ち続けることが重要だ。
※ ※ ※ ※
後半は「当面する市政の主要課題」として、市政の報告やら今後の課題を市長の視点で説明して意見交換する。
合併に関連して、小笠郡4町で構成している小笠広域消防が菊川市に移る分と掛川市と合流する大東・大須賀に分かれる問題で、先頃某新聞が「小笠広域消防から、掛川に行きたいという職員が一人もいない」という報道がなされたことについて、議員から「掛川が嫌われているという印象だが、本当はどうか」という質問が出される。
これについて消防庁から「その件について、組合消防の消防庁から『ああいう記事が出て申し訳ない』という遺憾の意を示す電話があった」という話が紹介された。
どうやら話の元は、他の支局の記者が組み合い消防で取材した内容がベースになっているらしいのだが、実際にはかなりの数が記事とは逆に掛川に来たがっているという情報もあるのである。
またこの記事が出たことで、掛川消防に移る予定の職員たちから、「こんな記事が出たら、掛川に行くにいけないではないか」という不満が発せられたと言うことでもあるようで、まったく真実はどこにあるのやら、である。
掛川に来られる消防職員の皆さんには、安心して来て頂いて早く馴染みわが町の消防に力を尽くして欲しいものである。
※ ※ ※ ※
大井川右岸土地改良区設立50周年記念式典が11月9日に開かれて、市長が出席をしたのだが、これによって受益をこうむる3市4町、受益面積3,548haは、それまで溜池でやっていた農業に多大な貢献をした、という紹介があった。
中でも昨年の日本人一人当たりの米消費量は60キロを割り込み、ピークの昭和37年の118キロ/年・人の半分になってしまった、という。
こういう農業環境の下で減反政策も展開されているのだが、一方で大井川にかかる水路橋が国直轄事業で50億円を掛けて更新されているのだという。
「国の力というものはすごい。あれを税源移譲で地方が出来るかと言えば、絶対に出来ない、と思った」というのが市長の弁。
市長としては先の集中豪雨で小笠山にかなりの崩土が発声した、という話も聞いていて、「やはり砂防や河川改修などは、国・県の事業として広域的にやってもらわなくては、税源移譲でちびた金が地方に来ても出来るものではない」と言い始めているのだが、このあたりは三位一体改革の地方からの改革案では県への補助廃止という要望が出されていて、ある意味ねじれ現象になっているとも言える。
今回の地方六団体の補助事業改革では、補助対象が県だけという補助メニューを切る要望をすることで、市町村の不満を抑え、3兆円の補助金改革を打ち出した。
3兆円という降ってわいた金額枠もよく分からない話だし、その中身が河川事業や義務教育経費などの県への補助メニューをぶった切った、という詰め方も荒っぽいものだ。
自民党内部からの反対の声を、国民がどう理解しているのかもあやしいもので、単に公共事業縮減に反対している利権団体と見るべきではないだろう。
真剣に地方公共団体がその役回りや力量として行うべきものと、より広域の行政が責任を持って行うべきものとの仕分けが今の議論では不十分と言わざるを得ない。
市民、国民の皆さんも真剣に考えて欲しいのだけれど、内容が難しいですし、こういうときこそマスコミなどが分かりやすい情報提供をして欲しいものだ。
【第二東名進捗状況】
【最後の合併協】 午後に、一市二町の最後の合併協議会が開催された。今日の内容は新市移行作業の経過及び今後の日程について、である。
このあたりの細かい内容は、首長、助役による新市移行対策本部に委ねられている事項だが、そのなかでも、特別職等の給与、農業委員の定数配分、消防団の組織、自治会の取り扱いなどの大まかな調製の方向を報告したのである。
まずは農業委員の定数配分の問題について、意見と質問が出た。。
趣旨は、「農業委員が新市を6つの選挙区に分けて、旧大東と旧大須賀がそれぞれ一つずつの選挙区ということになっていて旧大東の定数が8人で旧大須賀が3人と言うことになっている」
「これは農家戸数がそれくらいの比率しかいないという事だと思うが、小さな面積の農地を扱っている農家が多いところと、合理化に合理化を重ねて大規模な農地を少人数でやっている地区の努力に対して割り切れないものを感じる」という趣旨。
これには会長である市長からも「その点は確かに日本の農業そのものの問題だと思うが、制度上はそうなっている。大事な点なので、新市に課題として引き継いでおきたい」とのこと。
※ ※ ※ ※
また続いて別な議員からは、「自治区の数が、掛川は142,大東が15,大須賀が42ということで、大東町では区の再編と言うことを積極的にやってきたつもりだ。区ごとに対する予算の配分という点で、再編をしたところが不利になるようなこともあるが、そういうことよりも、戸数の少ない自治区の再編が今後は必要だと思うが、その点はどうか」という質問。
これには市長から「確かにおっしゃるとおりで、大東町は本当は40くらいの自治区のところを頑張って15地区に再編されたと伺っている。掛川も結縁寺などという地区は江戸時代からずっと23戸という数がほとんど変わっていない自然村である」
「この自然村的集落と、区画整理などによって新たに出来た新自治区、そしてこれらの混在区があると思っている。区によっては戸数が減ってしまって、祭の屋台も維持できないという地区が出始めているのだが、それでもあくまでも住民自治の単位である自治区はあくまでも自主的にやって頂くのが原則で、行政が強制的に再編を行うべきものではないと思っている」
「そうは言っても、確かにそのことで不効率も伺えるので、新市に対する課題と受け止めてもらい、引き継ぐように事務局にお願いをしたい」とのことである。
市町村までは団体自治の決断として合併も出来るが、住民自治の単位となるとやはり自主的な合併が原則と言うことになろうし、これまた集落どうしの好き嫌いなどもあって、一筋縄ではいかないのも現実である。新市への課題である。
以上で一年半に及ぶ任意協議会から始まった合併協議会の全ての終了である。協議会委員の任期は来年の3月議会で解散の議決をしてもったうえで3月31日で自動消滅ということになる。
それまでに懇親会的なことくらいはしたい、という意向が首長たちにはあるようだが、今後の調整になるだろう。
約一年前の、合併に期日を巡って深夜に及ぶ白熱した意見のぶつかり合いを思えば、よくぞここまで来たものだと思う。おかげで我が一市二町はその後は大きな意見の相違もなく合併に向かっている。
これまでの委員の皆さんに心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。
|