掛川奮闘記

2004年11月14日(日) 041114_阿吽茶会〜人使いの荒い町

 雨が降るかと思いきや、なんとかスローライフ月間の大事な日曜日の一日は曇りで、天気も耐えてくれました。

 今日は朝から一日、千客万来でお城回りをうろうろする一日となりました。
 さて、今日は
■阿吽茶会〜アイタクチガフサガラナイ(スローライフイベント)
■民族博物館外御一行様
■持続可能なまちづくり:スローフード・スローライフ、の3本です。

【阿吽茶会〜アイタクチガフサガラナイ(スローライフイベント)】
 午前10時半から、阿吽(あ・うん)茶会に招かれる。

 これは、掛川生まれの芸術家ジュン・スズキさんの作品である、「阿吽」という現代彫刻が茶室の傍に移設されたのを記念して、掛川現代美術研究会が主催して行われたものである。

 副題として、「アイタクチガフサガラナイ」とつけられているのは、普段は滅多にお目に掛かることのない茶会になるから。

 その名の通り、大広間に通され席に案内されて、ちょっと甘い白湯が出されると、続いてはお弁当の登場。

 そこから次は人数分の朱塗りの杯が出されて、これを出席者で回すと、亭主が現れてお酒を順番に注いでくれる。
 茶室でお酒が飲めるとは「アイタクチガフサガラナイ」。

 聞けば、「茶の道が始まった頃は武士のもてなしの場だったので、酒が出る作法も当たり前だったんです」とのことで、茶碗を回して「結構なお点前で…」などというだけが茶の道ではないらしい。

 やがて亭主が八寸という器に山の幸と海の幸を入れて登場し、「お流れ頂戴したいと存じます」と正客の杯を乞うて、亭主と客一人一人との酒のさしつさされつを演じる。

 正客(今日は私が正客)の杯が亭主と客の間を行ったり来たりしながら酒が注がれるのでこれを「千鳥の杯」と呼ぶのだそうだ。

 客を一周する頃には、かなりの量の酒を飲むことになるので、亭主たるもの、酒が強くなければ務めることは出来ないとか。

 一周すると最後に杯を貸した正客のところまで戻ってきて、正客に酒を注ぐ。私からの「それでは御納杯を」という発声で亭主は酒を飲むことを止めて、奥へ引っ込むことになる。

 なかなか茶道というものも奥深いものだ。

    ※    ※    ※    ※

 食事が終わった後には小間へ別途案内されて、今度は本当のお点前でのおもてなしである。

 ここでも茶室の掛け軸の代わりに、ギリシャ彫刻のニケのビーナス像が置かれていてびっくり。

 これもジュン・スズキさん縁の品なのだそうで、今日は一日ジュン・スズキづくしなのである。まさにアイタクチガフサガラナイ。

 これで一連のお茶事はおしまい。最後に「下の句がアイタクチガフサガラナイで終わるように上の句をつけて下さい」というお願いを受けて、短歌らしきものを創作するが、「アイタクチガフサガラナイ」では「6・6」なのでなんともしまりが悪い。うーん。

 それにしても、お茶に酒とは考えもしなかった。もてなし芸も奥が深い。


【民族博物館御一行様】
 大阪の国立民族博物館から関わっている先生たちが5人して、掛川を訪れて下さって、「掛川のスローライフの実態を見たい」ということだったので、まずはさきほどの阿吽茶会に参加してもらい、びっくりさせる。

 茶室で時間を取っているうちに市長も到着して、先生たちと挨拶やら会話やらを楽しんでいた。

 やがて韓国のMBC放送の撮影班が到着。私は私で、県のまちづくりリーダー養成講座が掛川を視察してワークショップを開くというので挨拶に行ったりして、なんとも今日は千客万来の日である。

 何時にどこへ誰が行くのかと行ったスケジュールが全く立てられずに、スローライフNPOのメンバーも場当たりで案内やら会話やらに参加するというだらだらした時間が経過する。

 まあこれも時間に追われない、ゆきあたりばったりの案内という意味ではスローライフなのかもしれないな、と思ったりする。

 スケジュールって一体何かねえ。

【工藤裕子先生の講演:スローフード・スローライフ】
 朝から掛川で、阿吽茶会から参加してくれていた工藤先生のスローライフ講演会は夜7時から竹の丸で開かれた。

 とはなにか学舎の5期の皆さんがこの会のために朝から40人分の夕食をスローフードで用意してくれていた。

 今日のお題は、イタリアのスローフードの流れとアグリトゥリズモのことなど、ライフスタイルに関する様々な話題で感心する。

 「イタリアにはイタリアは存在しない」と言われる。イタリア人が自分たちをイタリア人として感じるのはワールドカップサッカーでイタリア代表がテレビに登場するときだけだという。

 それ以外の時間は、イタリア人にとってはカンパニリズモと言って「教会の鐘が鳴る音が聞こえる範囲が我が地域」というくらいの狭い範囲での地域主義の中で生きているのだという。

 地域が地域で生き生きと生きて行けるのならば、全体主義的な帰属意識などはいらないのかもしれない、などと感じるのがイタリア人である。

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 それでいて、一方でイタリアのファッションビジネスは「スタイル」をブランドビジネスにしつつあるという。

 典型的なのはフェラガモやアルマーニがデザイン・ホテルに進出してフェラガモのホテルというあらたなビジネスを起こそうとしているのである。

 ファッションスタイルからライフスタイルを売る社会になりつつあると言うことで、「スローライフ」もまさにビジネスになりかけているのであって、この路線をブランド化するような作戦も必要かも知れない。

    ※    ※    ※    ※

 いろいろと考えるところが多く、実りのあるお話しの会でした。工藤先生にはまた次も掛川にお越しいただいて、いろいろと面白い話を聞かせて頂きたいものであります。

 もっとも、工藤先生と一緒にまちづくりリーダー養成会議を覗いていたら、市長から紹介されたこともあって、受講者の最終発表への講評を突然依頼されて、「私は仕事をしに来た訳じゃないのに、掛川は人使いが荒いですねえ(^-^;)」と苦笑い。

 そうしたら、スローライフのサトさんが「助役、そうですよ。これからは『まちづくり』の段階は終わって、『まちづかい』の時代です。人も『人づくり』の段階から『人使い』が必要な時代になってると思うんですよ」と面白い言い方。

 「私はこれを3年前から言っているんだけど、誰も取り上げてくれないんですよ(^-^;)」とこちらも苦笑い。

 でも確かに、いつまで「まちづくり」を行うつもりなのか、「まちづくり」のゴールはどこにあるのか、と思うと、特に中小地方都市にあっては、そろそろ「まちを使う」ことにもっと目を向けるような工夫が必要かも知れない、と思いましたねえ。

 私が使える財産にはなにがありますかねえ。

 


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