掛川奮闘記

2004年09月20日(月) 040920_日坂の祭

【敬老会を回る】
 今日は敬老の日。今日に合わせて多くの地区で敬老会が開かれる。市からもお祝いの言葉をお伝えするのには、市長、助役、収入役、健康福祉部長と4人で市内を駆けめぐるのである。

 今朝方ものすごく強い雨が降ったので、天気を心配したのだが、日中は晴れて良かった。

 今日は曽我地区→和田岡地区→原田地区→西郷地区へと回る。最後の西郷地区くらいになるともう12時少し前くらいになってしまっていて、式典はとっくに終了し、演芸会の前のお昼の時間に挨拶をさせてもらう。

 敬老会は区の主催なのだが、区長さんを始め婦人会など多くのボランティアの皆さんが運営をしているのだ。多くの方々のご協力に感謝と経緯を表します。

 皆様どうぞお元気で。

【日坂のお祭り】 
 夕方に日坂のY3君に招かれて、日坂のお祭りを見に行く。日坂地区では屋台は五台。

 極近い地区の屋台も日坂の旧東海道を練り歩いているのだが、最後に八幡神社の境内に入って千秋楽を迎えることが出来るのは五台の屋台だけなのだ。

 Y3君のところで料理をごちそうになっている最中にも、祭関係者が次々に訪れてきて挨拶をする。

 そのなかにOさんという蕎麦打ち名人がいて、お互いに「いつかお会いしたい」と思っていたのだが、とんだところで出会うことが出来た。

 11月の消費生活展で蕎麦イベントを行うのに協力をお願いしたところ快諾して下さった。これは心強い味方を得た思いである。今でも月に一度森町での蕎麦打ちの会合に出続けているそうだ。修行はこうでなくてはね。

    ※    ※    ※    ※

 蕎麦談義を終えて、いよいよ屋台が八幡神社に集まる様子を見に行く。
何台もの屋台が夜に提灯を下げて練り歩く様は美しいものだ。

 「日坂の屋台は提灯の中の明かりは全部ろうそくですからね。発電機と電球なんか使いませんよ」と誇らしげ。確かに発電機の音はしない。

 屋台の激しい上下運動で提灯は大きく揺れ、しばしば消えるのだが、屋台の一番上には消えた提灯の火を再点火する役目の子も座っている。

 市役所の職員が祭の役をしていたので話し込んでいるうちに、「助役さん、中に入ってみるかい?」と屋台を引き回すところへ入れてくれるという。

 こんな機会は二度とあるまい、と入れてもらうことにした。屋台は激しく上下するのだが、先と後ろを地面につけるのは美しくない、と言われる。そのため、下につきそうになったらこれを必死に引っ張り上げなくてはならない。

 逆に上に上がりすぎるとケツが地面につくので引っ張り下げなくてはならない。これがなかなかきつい運動だ。

 10分くらい皆さんと一緒に練り歩かせてもらったが、たちまち腹筋と背筋が痛くなってきた。普段の運動不足がモロに出た形である。

 日坂の狭い道から八幡神社へ向かうには旧国道一号線をまたがなくてはならないのだが、五台の屋台がわあわあ言いながら道路でわざとゆっくりと練り歩く。

 道路を止めること小一時間。このときに来てしまったドライバーの皆さんは溜まったものではなかったろう。

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 千秋楽は万歳三唱で終わり。屋台が再び県道をまたいで集落に帰る。

 帰路には強い雨が降ってきた。屋台が濡れなければよいのだがどうだったろうか。

 これが日坂の祭。掛川の一つ深いところを見た思いがする。


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こままさ