| 2004年09月18日(土) |
040918_南アルプスに日本という国を見る |
【目の保養】 昨日の奮闘記には書きそびれたのだが、帰り間際に東京駅丸の内に新しくできた再開発ビルのoazoへ行ってきました。
oazo自体は5つのビルの複合体なのだが、行って面白いのはショップ&レストランの入ったビルだろう。
実際、長近代的な建築物という感じはするし、丸善が日本最大の本屋としてテナント展開しているので話題は豊富だが、なんだかもうこの手の建築はいらない、という感じがした。
建築技術やインテリア内装提案の見本市は六本木ヒルズで終わり。キャラがかぶるような存在はもういらない。
北山さんも「恐ろしい空間だよ」と言っていて、そこまでとは思わないけれど、こういう空間提案に対して「面白い!」と思わなくなっている自分がいる。
目が肥えた、というより飽きてきたようだ。偉大なる自然に比べると圧倒的に多様さが足りないのだ。あ〜、頭が痛くなってきた。
…というわけで、前置きが長かったが、今日は昨日のお目汚しを挽回する意味でも、綺麗な風景を見に行こうと、南アルプス方面へドライブなのだ。
最終目的地は長野県上村(かみむら)のしらびそ荘という施設。ここからは南アルプス連邦が一望に見渡せる…らしいので、なんとしても一生に一度は行っておきたいところである。
それではレッツゴー。 http://www.oazo.jp/
【青崩峠】 車をひたすら北に向かって走らせて、天竜市、春野町、龍山村…水窪町へと向かう。
もう少しで三遠南信道路の部分完成しているところまできて、「青崩峠はこちら」という看板を見てしまった。
歴史的に有名だし、なにしろ三遠南信道路を造る計画なのに一向に進んでいない、という背景もあって、一度は見ておきたかった場所なのだ。そこで、しらびそ荘へ行くのを遅らせてちょっと寄り道をすることにした。
国道から分かれた道はコンクリート舗装がされていて、林道として使われていることが想像される。どんどん進むと足神神社が現れた。
ここには名水のわき出るところがあって、商売人とおぼしき方が、10リットルのタンクやらペットボトルに水を詰めてトランクに積み込んでいる。私も飲んだが、癖が無くほんのり甘いような感じもした。これは甘露甘露。
足神神社も北条泰時ゆかりの神社なのだそうだ。むーん、歴史と霊験豊かなお宮さんだ。
※ ※ ※ ※
車を更に進めると、「青崩峠登山道」という標柱が出てきて、車が止めやすく広くなっているところに出た。ここが登山道の入り口だろうと心に決めて、車を降りて歩き出す。
登山道は花崗岩の石畳になっていて、まさにこれ自体が塩の道なのだそうだ。誰が整備してくれたのか知らないが、頭が下がる。
この道を登ること15分ほどで青崩峠に到着。この峠は塩の道でもあり、かつて武田信玄が兵を連れて南攻した峠でもあり、さらに言えば信州の製糸工場に向かうために遠州の若い女の子たちが超えた峠でもあるのだ。歴史を感じるなあ。
さらにここからの眺めもすごい。ここに経つと木々の間から南アルプスの山並みが見えてくるのだが、その急峻さに圧倒される。山の角度がとにかく急なことと、その稜線が長い、つまり谷が深いということに驚かされるのである。
そしてこの谷間に人が住んでいるのが南アルプスの北アルプスと違うところなのである。そんなことを感じながら山道を降りて行きました。掛川在住中に果たしたかった課題がまた一つクリアできました。 【しらびそ荘】 さていよいよ上村のしらびそ荘に向かうのだが、車は車が通れるようになっているヒョー越峠から南信濃村へと降りて行く。この南信濃村のお隣が上村というわけ。
やがて車は国道から右折してしらびそ方面へ向かうのだが、大きな林道は通行止めのために細い道路から向かうことになる。
なにしろ急峻なさかをくねくねと上り続けること30分で、ようやっと山の東側の面に出た。ここからは南アルプスの山並みが一望できるはず…だったのだが、残念頂上付近には雲が厚くたれ込めていて山並みを眺望するというわけにはいかなかった。
残念だが車をさらに走らせて、しらびそ荘へと向かう。ようやく到着したのは13時半。やはり予定よりかなり遅れてしまった。
ここで軽食と五平餅を食べて、風呂につかる。温泉ではないものの、眺望がウリというわけだが、やはりここでも雲がたれ込めて眺望を楽しむようにはならなかった。残念だ。
※ ※ ※ ※
実はこの上村には下栗(しもぐり)の里と呼ばれる集落があって、そこはなんと斜面づたいに十数件の家が張り付いていて、あたかもチベットの高原の村のようであり、「日本のチベット」と呼ばれている集落なのだ。
ここも一度みたいと思っていたのだが、よく分からないままに車を走らせてしらびそ荘へ来てみると、とっくに過ぎてしまったのであった。
ここは「耕して天に至る」というキャッチコピーがつけられているくらいで、張り付いた家々は斜面を利用しての畑作を行っているのである。まさに耕して天に至るのだ。
とある写真家がこの町をテーマにした写真を撮り続けて発表したことで有名になった場所である。
今日はポスターで我慢するとして、ここへ来るのが最初で最後だろうと思っていた気持ちが、「もう一度来たい」と思うようになった。
星も綺麗なのだそうだが、そりゃそうだろうなあ。風呂では名大の星を見るサークルの男子学生と一緒になって、声を掛けて仲良くなったが、かれらはしょっちゅう来るのだそうだ。 うらやましいなあ。
【木沢小学校】 帰り際に、南信濃村の木沢小学校の廃校で行われている写真展を覗く。中に大人の男性たちがたむろしていて、イベントで開催しているのかと思ってお尋ねしたところ、「いえ、毎日やっているんですよ」とのこと。
廃校が地区のミニ歴史博物館としての役割を担っているようだ。展示は地区の歴史文化だったり、昔の道具などだ。
写真展が開かれていた昔の教室には、廃校になった最後の授業のと気のせいとが黒板に別れの言葉を書いたのがそのまま消されずに残されていた。
「さようなら さようなら バイバイ」と書かれた言葉を見て、涙が出そうになりました。
ここ上村は遠く飯田市と合併することになっているそうです。なんとかこの集落を残して欲しいものだなあ。すごいんだよ、本当に、谷底に住むというのはね。
今日はやたら勉強になった一日でした。日本は広い。こんなに急峻な山岳地帯もないのだろうな。それにびっしりと杉が植えられている状況もすごいものがある。
これが日本、わが祖国の現状なのだ。
昨日東京で、今日は南アルプス。この対比が面白い。
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