掛川奮闘記

2004年05月29日(土) 040529_日坂宿で蕎麦を打とう

【藤文と楓屋さん】
 東海道25番目の宿場町である日坂地区では、日坂宿起こしとして川坂屋さんや萬屋さんなどの古い宿を復元して公開し、往時をしのぶよすがとしている。

 日坂地区の家並みも住宅改修で景観が変わってきたが、まだまだ古い建物がいくつかは存在している。

 その中に藤文という商家と楓屋さんという屋号の建物があるのだが、これを地元の皆さんで修復したい、という話があって現場を見に来る。

 藤文は、昔の商家らしく堂々とした外観だが、裏手へ回ると軒が下がっていて瓦も落ちそうになっており、雨漏りもするらしい。
 
 文化財的に本格的な修復をするとなるとこれはまた大変で修復費用の桁が上がってしまうので、まずは雨漏り防止のための柱や軒の修理と瓦の葺き替えなどが中心にならざるをえないようだ。

 それにしても、市に力がない分、地元が協力して下さろうというのだからありがたいお申し出だ。また一つ往時の日坂宿に近くなれば良いなあ。 


【日坂地区で蕎麦を打つ】
 藤文の現場を見た後は、日坂地区の公民館へ向かう。今日はここで、地元の食推協のご婦人たちから「お蕎麦を打ってほしい」ということでお招きを受けたのである。

 日坂地区では川坂屋さんなどの素晴らしい建物もあって、休日などは旧都街道筋を目当てにウォーキングにしゃれ込む人たちが増えているのだが、今は休憩所が少ないのが悩みである。

 なんとか、今ある建物を利用してお茶や団子、蕎麦などを振る舞うようなイベントが出来ないものかと考えているのが食推協の皆さんたちなのだ。

 「いつか自分たちでお蕎麦を出したいと思いまして」と言うのはリーダー格のSさん。それにはまず勉強と、わが掛川蕎麦研究会にお声が掛かった次第。こちらも四人が参加してお蕎麦の指導に当たりました。

 会の皆さんは12名ほどが参加して下さいました。何しろ皆さん初めてなのでとまどうことも多かったようですが、講師陣の親切な指導でなんとか蕎麦を切り終えることが出来ました。

 最後は茹でて食べたのですが、食推協の皆さんが頑張って、蕎麦以外に野菜のかき揚げや、豆ご飯などもたくさん用意して下さったので、食べきれない状態になりました。

 日坂地区の顔役さんたちにも試食して頂きましたが、最後にあまりそうになった頃、地元の案内ボランティアのOさんが登場して蕎麦二枚を平らげてもらいました。余さずに済んで良かった。

 さて、それでは次回は日坂宿でのイベントか何かでお会いいたしましょう。蕎麦を振る舞うイベントなら喜んで参加しますよ。よろしくお願いします。 

【東京で創発の打ち合わせ】
 夕方4時過ぎの新幹線に乗って東京へ向かい、創発調査費の最後の調整を行った。二か年調査のイメージだったが、「二年は無理」と言われたことと、「県がからまなくては…」と言われたことで、調査の方向性が少し変わった当たりを相談に乗ってもらったのだ。

 会場には東京スタッフの三人が休みだというのに駆けつけてくれていて、打ち合わせは夕方の6時半から始まった。

 独創的なメンバーばかりなので、話はあっちへ飛びこっちへ飛びし、それでも刺激的な話ばかりで、この打ち合わせ自体も止められない楽しみ。結局、「もうこの辺にしましょう」と終わったのは夜の12時過ぎでありました(^-^;)。

 「ひー、飯にしましょう」とそれから居酒屋へ繰り出し、そこでも散々それ以外の話で盛り上がり、店を出たのは2時半でありました。

 私は近くのホテルに泊まったけれど、一緒に悩んでくれたスタッフはそれから横浜までタクシーで帰って行きました。タフですなあ。 

 さて、明日は今日の話し合いをベースにして、資料修正を行う最後の一日です。明日朝は新幹線で帰らなくちゃいけないのだ。早起きできるかな。


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こままさ