掛川奮闘記

2004年05月07日(金) 市議会紛糾と危機管理

【臨時市議会】
 臨時市議会が本日一日の日程で開催される。基本的には新年度の議会人事を主に議論する場だが、ついでに専決事項の承認などの議案も出されて審議を行う。

 議案の中には、3つある常任委員会に審議を付託して、そこでの議論を参考にして採決するというものもあるのだが、私の担当する経済建設委員会に付託された議案は、農業委員の選挙区に関する条例の変更案件。

 ものは何かと思えば、市内を四つにわけている農業委員の選挙区では、各区を字命を列挙する形で条例に示しているのだが、このうち、「大原子(おおばらこ→『だいげんし』ではない)」と「小原子(こばらこ→『しょうげんし』ではない』)の二つの区が「原子(ばらこ→『げんし』ではない)に統一されたのを受けて、選挙区割りの表記を原子にしたいというもの。

 「こんなことまで委員会に付託して議論するんですかねえ」と一部の議員さんとは苦笑いをしながらの審議であったが、当局から提案理由の説明を行ったところ、質疑応答なく、討論これまたなく、審議時間は実質三分あまりという短時間の審議でありました。

 条例を変更するというのもなかなかな手続きだが、行政区割りの変更がこの条例に影響するということを良くもまあ担当者は気づくものだ。その点に妙に関心をいたしました。


【雲行き怪しからん雰囲気】
 …そんなわけで、前半の議案審議は一部野党議員さんの反対討論などはあったがおおむね順調に進行したのだが、議長人事のところからやや雲行きが怪しくなってきた。

 それは現議長は昨年就任してまだ一年経過したところなのだが、このたび「一身上の都合」を理由に、議会に辞表を提出したためにこの辞表を認めるかどうか、というところから起こった。

 議長席の主が副議長に替わり、副議長の進行によって「議長から辞表が提出されているが、このことを日程に追加して審議をしたいがどうか」という発言があったところで、一部議員から異議が出され、一人の議員は「不明瞭だ」として退場までする始末。


 実は我が市議会では二年前までの四年間にわたって、議会活性化特別委員会というのを作り、議会を活性化するためにはいかなる事を行うべきか、ということを議論してきた経緯があったのである。

 そこでは議会の定員を27名から24名にすることや、質問の仕方を改善するなど様々な具体的な方策を論じて、当時の議員の全員一致でこれを認めたのだが、その中に議長人事は二年間とする、という一項目があったというのである。

 それまでの掛川の議長人事は毎年入れ替えを行うことが慣例となっていたのだが、市議会議長は対外的な意味合いもあることだし、役職のたらい回し的な印象を持たれることもまずかろう、ということから議長は二年間は務めるということにしたらしい。

 それを今回議長が一年で辞表を出したことから、一部の議員から「特別委員会まで作って合意された内容を軽視している」とか「理由が不明瞭だ」と言った理由で異議を申し立てたというわけである。

 「議会運営委員会を開催して、この取り扱いについて協議してほしい」という申し立てに対して、議運を開催することとなり、本会議は休憩。
 実はこのことは既に議運でも野党系の方からは黙認するが賛成は出来ない、ということで、議案提出の理解を得ていたと思っていたのだが、「前段の説明があるべきだった。突然議案として提出されたのではそのまま飲めない」ということのようで、ことさらに紛糾してしまった。

 午前中はそのことで議運が開催され、なおかつ断続的に各会派が会合を行うなど落ち着かない雰囲気のまま終了。再会は午後一時という事になった。

    ※    ※    ※    ※

 午後は午前とは一転して落ち着いた形の中で再開されて、副議長から議長の辞表についてのコメントが述べらると、あとは議事が淡々と進むという様子。

 議長の辞表が正式に認められ、続いて新しい議長選挙の手続き。新議長挨拶、副議長の辞表受理、副議長選挙、副議長挨拶…、と日程がこなされて行く。

 常任委員会も委員長、副委員長が議長による指名選挙で行われ、今度はすんなりと議事が進んでいった。


 結局午前中の騒然とした様はなんだったのか、というのがはたで見ている側の感想のようなものだが、議会の内幕には当局としては踏み込むべきではないのは明らかでただ推移を見守るしかない。

 それにしても、議会運営というものはすんなりいっているときは何も波風が立たないものだが、一度荒れると収拾のつかなくなる事態もあって、恐ろしい一面を垣間見た感じがする。
 もちろん喧嘩をするわけではないので、あくまでも言論のルールに則った形での主義主張の戦いであるわけだが、単純に数で強硬に押し切るという形が望ましくないのは国会も全く同じなのであって、審議と議論を尽くしたなかで着地点を見いだして行くという修羅場も時にはあるのだろう。

    ※    ※    ※    ※
 
 シナリオのないシーンに突入すると、人の度量が試される様な気がするのは、災害や事故などの危機管理の際にどれだけ平静が保てるかという懐の深さに通じるものがある。
 
 普段から様々な様子をシミュレーションして、心の中の準備をしている人ならばいざというときにも対応策を見いだすことが出来るが、普段からいざというときの備えを深く考えずにいると、ただ右往左往すると言うことにもなるのだろう。

 地震も事故も災害も、普段の備えが大事だということを改めて思った次第。

 世の中のことは大体が似通ったことばかりだとも思うようになってきた。教訓はどこにでも転がっている。
 


 < 過去  INDEX  未来 >


こままさ