掛川奮闘記

2004年04月18日(日) 040418_塩の道会議とユージンマラソン団

【塩の道ウォーク】
 日本ウォーキング協会では、40周年記念事業の一環として、「太平洋→アルプス→日本海・塩の道ウォーク」を企画して、掛川市に協力を要請をされた。そこで掛川市としては、市制施行50周年、生涯学習都市宣言25周年事業として、共催をすることにしたのである。

 今回の塩の道ウォークは、6月までの間に3つのステージを設けて塩の道全430kmを走破しようと言うものである。その第1ステージは4月17日から23日までの間に相良町から長野県の飯田市までの180kmを歩くことになっている。

 第2ステージは4月26日から29日の間で飯田市から始まって松本までの104kmを走破することになっており、最後の第3ステージでは6月2日から6日までの間で松本市を出発して糸魚川市までの146kmを歩く、というコースである。一昨日から今日くらいまでは平坦なところを歩くので大したことはないが、明日からの飯田市までは山また山の中をひたすら歩く難行である。

 3つのステージに参加するのには14万円ほどの参加費用もかかるのだが、どうしてどうして、全国から120名もの応募者があり、なかなかの盛況だ。歩く亡者がこんなにもいるとはねえ。

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 また今年は「日本海〜太平洋塩の道サミット10周年」でもあることから、これら4つの記念事業として、歩行文化を全国に広めるシンポジウムを開催することとした。

 実は参加者は、一昨日に塩の道南の端の相良町を出発して、夕べは掛川泊まり。今日は朝から掛川を出発して森町へ向かうのだが、森町からは市が用意したバスに乗って、再び掛川でのシンポジウムの会場に戻る形で参加してもらうという変則な形になっているのである。

 それでも朝の三の丸広場は快晴で、実にすがすがしい陽気である。セレモニーの後で一行は森町へと出発した。どうぞ気をつけて!


【塩の道シンポジウム】
 さて、午後三時半からはその一行らを再び掛川でお迎えしてのシンポジウムである。今回のシンポジウムには、アドバイザーとして。環境省から小野寺浩自然環境局長さんをお迎えすることになった。

 二ヶ月ほど前に、市長と環境省の小野寺局長さんをお訪ねして、日本救済計画などをお話しした際に意気投合して、今回お越しいただけることになったのである。

 本省の局長が中小地方都市のシンポジウムに来てくれる、などということはそうはあるまい。実は小野寺局長は私の大学の教室の直属の先輩と言うことになっているのだが、過日市長とお訪ねをするまではそのことに全く気づかずにいたというのも迂闊であった。どこに先輩がいるか分からないが、立派な先輩を持ったことは少し誇らしく思う。

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 さて、シンポジウムの記念講演は、朝日新聞の天声人語を13年書かれた辰濃和男さん。「楽しみながら歩けば、風の色がみえてくる」と題して、講演をいただいた。

 続いては、井上如(ひとし)先生、亀井千歩子先生などを迎えてのパネルディスカッション。「歩く」、「歩行文化」という事に対してのご感想などをいただいて、しばし楽しいひととき。

 会場の関係で、今回は一般市民をあまりお迎えできずに、もっぱら歩く会の会員の皆さんと共に盛り上げたシンポジウムとなった。参加された方は面白かったのではないでしょうか。

 関係者の皆さん、ご苦労様でした。 


【小笠掛川マラソンの招待選手】
 シンポジウムは5時半には終わるはずだったのだが、なかなか終わらず、とうとう6時少し前に会場を飛び出すようにして、次の予定に向かう。

 次の予定とは、今日行われた小笠掛川マラソンへのユージンからの6人の招待選手との歓迎とお別れパーティである。なにしろ私は昨年8月に家族と共にユージンへ行ったばかりなので、そのこともあって、ユージンから来た客人を迎えたいと思ったのである。

 事前に挨拶も、と言われていたので、半日を費やしてスピーチを完成させた。英語のスピーチは、自分で話す分を日本語と米語の両方で順番に原稿を読みながら行う、という形が許される。全てを頭に入れる必要はない。

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 たとえば挨拶文の冒頭はこんな感じ。

(日本語)
皆さんこんにちは
掛川市を代表してご挨拶する機会を与えて頂き光栄に存じます。私は小松正明と申します掛川市の助役です。まず初めに、ユージンからの皆様を心からご歓迎申し上げます。今日のマラソンの記録や印象はいかがだったでしょうか。後ほどお聞かせ頂きたいと存じます。
(続いて米語)
Good evening, ladies and gentlemen, thank you very much for joining us. It's honorable for me to have an opportunity to make a speech for you as a representative of Kakegawa City.
My name is KOMATSU Masaaki. I am the deputy mayor of Kakegawa city.
First of all, we welcome all the members of the delegation. How was today's running? I would like you to let us know your impressions later.

 …と言った感じでお話をするのである。しかも必ず挨拶の中では笑いを取らなくてはならないのでこれまたプレッシャーである。

 今回のジョークはこんな感じ。

(日本語)
 昨日私は、市議会議員の皆さんと野球の朝練週をしておりましたが、ホストファミリーの山本さんが、リチャードさんとラリーさんを連れてグラウンドを訪ねてきてくださいました。
(続いて米語訳)
 By the way In fact, I and some members of the City Council took exercises of baseball yesterday morning. Then, Mr.Yamamoto took Mr.Richard Leutzinger and Mr.Larry Wicander to the ground.


(日本語)
 私はリチャードさんは野球の本も書かれていると聞いていましたので、日本人大リーガーの活躍の秘密を探りに来たスパイかと思いましたが、同時に、ユージンエメラルズが強くなるためだったら、日本の野球の秘密をお教えしても良いと考えていますので、何でも質問をして頂きたいと思います。
(続いて米語訳)
 Because I had heard that Mr.Richard wrote a story about a baseball player, it reminds me that they might be spying the secret of two Matsui, Ichiro, and some other Japanese MLB players. But now I have decided to give you all the secrets of Japanese baseball if it works to make Eugene Emeralds stronger in your city. So please ask me anything.

 …とまあ、こんな感じでした。昨日突然にあったハプニングをなんとかスピーチに織り交ぜつつ、笑いを取りに行ったのだが受けたかな。
 とりあえず、ラリーさんからは「スピーチはエクセレント(素晴らしい)でした」と行って頂けたので良かった(^-^;)。ひー、ほっとしました。

 今回のマラソンでは6人中4人がフルマラソンに参加して、Danさんが6位に入賞という素晴らしい成績。しかも全員が完走した。

 ここのところ、招待選手の記録が思わしくなくて、本気で選手を選抜してくれていないのではないか、という危惧もあったのだがそれを吹き飛ばす快走であった。

 ひとしきりパーティは進んで、最後はプレゼントの交換で幕。お互いに良い思い出になったのではないでしょうか。一行は明日掛川を離れて、東京見物と今日と見物のパーティに別れての旅行になるそうだ。気をつけてお帰りを。ご苦労様でした。


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こままさ