| 2004年01月23日(金) |
040123_霞ヶ関回り |
【霞ヶ関巡り】 夕べはそのまま東京へ泊まり、今日は朝から市長と共に霞ヶ関周辺を営業周りをして歩く。
各賞の最新の情報を集めるのはもちろんだが、市長が優秀な役人の皆さんから意見を訊きたいのは、いまやろうとしている「日本救済運動」についてどう思うか、という点である。
「日本救済」とはまた大上段に振りかぶったものだが、まだまだ暗い予想が多い未来を切り開くのは、霞ヶ関のような縦割りで先鋭化した組織ではなく、総合行政としての地方自治体である、という信念に基づいて、「歩行文化」と「スローライフ」と「報徳運動」と「生涯学習」を組み合わせた事業をシンボル的に行うことで、「日本救済」というキャッチフレーズを掲げたらどうなるか、ということである。
霞ヶ関の役人さんたちも、案外自分たちの手の届かないところで物事が上手に進まずに閉塞感を感じていると見えて、結構賛同して下さる方が多い。
本当は予算などでもお手伝い頂きたいところなのだが、肝腎のこちらの方が、まだ具体的なイメージが固まっていないところがあって、いまひとつプレゼンテーションが弱いのだ。
この点を補強して、具体のイメージにする必要がある。またこの「日本救済」は合併前の現掛川市としての最後の一年を飾る世の中への花火としたい、というのが市長のイメージである。 さてさてどうなりますか。
今日回ったのは、環境省→総務省→厚生労働省→東京女子医大→S先生→特区推進室→国土交通省→農水省というルートでした。
夜8時くらいに終わりましたが、「なんだか疲れたけど、俺も歳を取ったなあ…」と市長がつぶやいておりました。いやはや、まだまだすごいパワーです。
【S先生】 S先生というのはかつて国土庁を中心に作られた、全国総合開発計画を指導した役人中の役人みたいな方である。市長は最初にこの人に頼んで、助役を送り込んでもらったのである。
当時からS先生を中心とする勉強会が霞ヶ関にはあって、その当時のペーペーが今は各省で局長クラスということになっているのである。
私なんぞはとても畏れ多くてお会いすることも出来なかったのだが、市長にくっついていけば会えちゃうのだ。すごいな、まったく。
このS先生に「日本救済計画はどうでしょうか?」と伺うと開口一番、「救済ねえ…、暗い未来をあげつらってそれに対処する、という持って行き方が気に入らないね。日本は悪いことばかりじゃないもの」とのこと。
この先生は、「…は良いでしょうか?」と聞くと大抵、「ちがうね…」という返事から始まるような気がする。逆の訊き方をすれば、望み通りの答えが返ってこないかなあ…(^-^;)。 もっと興味深いお話もたくさんされたのだが、なかなか書ききれないのが残念である。
いやあ、今日もたくさんの人に会ったなあ。ふー。
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